■唯一無二の「にごり湯」
温泉には、透明のほかに、さまざまな色がある。茶褐色、乳白色、黒色、赤色、青色などの「にごり湯」だ。
にごり湯の場合、湧出時は基本的に透明なのだが、空気に触れることによって老化し、色がつくことがほとんど。だから、「湯が濁っているのは、温泉が酸化し、劣化している証拠」と表現されることもある。
それは事実なのだが、それでも個性的な色のにごり湯に出合うと、「これはいい湯だなあ」と心が躍る。老化しているといっても、温泉成分がある程度濃いからこそ、化学反応により透明な湯が変化する。にごり湯は個性的で、効能が高い湯の証拠でもあるのだ。なにより、色が付いていると心理的に「いかにも効きそうだ!」という気分になる。みなさんも、そうではないだろうか?
にごり湯を茶褐色、乳白色、黒色……という具合に大きく分類してしまうと10種類にも及ばないが、温泉が見せてくれる色彩は実に奥が深い。同じ乳白色といっても、青色をおびた白色や緑色をおびた白色、または黒色がかっていて灰色に近い乳白色など源泉によって異なるし、同じ源泉であっても、時間の経過や天気などによって色が微妙に変化する。
一口に「にごり湯」と言っても、すべての湯に個性があり、まったく同じ色の湯には二度と浸かることができないのだ。
■世にも珍しい「感動する温泉」
これまでさまざまな「にごり湯」に浸かってきたが、そのなかで、もっとも美しく、神秘的な色をした湯は、岩手県と秋田県の県境にある国見温泉だ。
江戸時代末期から標高850メートルの高所に湧く国見温泉は、2軒の宿泊施設と町営の日帰り温泉施設が佇むだけの小さな温泉地。温泉街に近づくと、車の中にも硫黄の香りが充満するほど。硫黄の匂いが強烈な温泉にハズレはない。
「石塚旅館」(冬期休館)は、今も湯治宿の雰囲気を残す。館内には、内湯、露天風呂など複数の湯船が存在するが、はじめて国見温泉を訪れる人は、どの湯船にも大きな衝撃を受けることになる。まるでメロンソーダのように鮮やかなエメラルドグリーンの湯がかけ流しにされているのだ。
にごり湯だが、透明感があるのが特徴で、まるで宝石のような美しさである。眺めているだけでうっとりしてしまう。
筆者は訪問する前から雑誌や書籍などで、国見温泉のにごり湯のことを知っていたが、写真や言葉よりも実物のほうが何倍も感動する。湯の美しさを、この原稿で十分に表現できない自分の文章力がうらめしい。
■「混浴だけど、入らないともったいない」
まるで共同浴場のような鄙びた雰囲気が漂う小さな内湯に体を沈める。硫黄の香りが強く、湯の花も舞っている。いかにも温泉成分が濃い印象だ。しかし、硫黄成分が濃い湯にありがちな酸性のピリリとした刺激的な感触ではなく、意外とマイルドでやさしい。pHが中性の湯だからだろう。
温泉談義をした入浴客のおじいさんによると、「国見温泉に通いはじめたら、孫のアトピーが1カ月でよくなった」という。皮膚のトラブルにも効果があるのかもしれない。見た目が美しいだけでなく、「中身」もすぐれた温泉である。
外にある混浴の露天風呂に移動すると、こちらにもエメラルドグリーンの湯がなみなみと注がれていた。光の当たり具合にもよるのだろうか、内湯よりも、さらに緑色がキラキラと輝いて見える。
しばらくすると、中年のカップルがやってきて、ちゃぷんと湯船に浸かった。数人の男性と一緒に入ることになった女性はちょっと恥ずかしそうにしている。実は、混浴に入るのは生まれてはじめてだという。
「ふだんは絶対に混浴には近づかないけど、こんなにキレイな温泉に入らないなんて、もったいないでしょ」。恥ずかしがり屋の女性を大胆に変身させてしまうほど温泉が美しいということか。