■「温泉=熱い」ではない!?
とある真夏の日のこと。友人に「温泉に行ってくる」という話をしたら、「えっ! よほど温泉が好きなんだね」とあきれ顔で言われてしまった。友人いわく、「真夏に温泉に入りたがるなんて、どうかしている」らしい。
友人と話していた日は猛暑日で、外にいるだけで汗がにじみ出てくる暑さだったので、彼の反応ももっともである。でも、彼は大きな誤解をしている。いくら温泉を愛しているからといっても、汗をダラダラかくような猛暑日に熱い温泉に浸かるのは、さすがに気が進まない。
「温泉=熱い湯」とはかぎらない。ぬるい温泉や冷たい温泉だってあるのだ。そもそも温泉法によれば、源泉温泉が25℃以上であれば、無条件で「温泉」と名乗ることができる。25℃といえば、プールの水や海水よりも冷たい。水風呂に浸かるようなものだ。
しかし、現実には、ぬるい温泉や冷たい温泉に入浴できる施設は、ごくわずかである。特に、大勢の入浴客が訪れる大型の日帰り温泉施設やスーパー銭湯で、ぬるい温泉に出合うことはめったにない。もしもぬるい温泉がそのまま湯船に注がれていたら、きっとクレームが殺到してしまうだろう。
私たちは、温泉といえば40℃~42℃くらいの少し熱めの湯を想像すると思う。しかし、温泉は自然からのいただきもの。必ずしも40℃~42℃の適温で湧き出しているとはかぎらない。むしろ適温で湧出しているほうが奇跡的だといえる。
源泉が熱すぎれば、時間をかけて冷ましたり、水を加えたりして適温にする。源泉がぬるすぎれば、加温をしてちょうどよい湯加減にする。私たちは、いつも当たり前のように適温の湯に入っているが、湧き出す温泉の温度はそれぞれ異なるのだ。
■じっくり体の芯まで温まる
泉温は36℃~37℃くらいがベストである。このくらいだと、「ぬるい」というよりも「冷たい」。体を沈めるときのヒヤッとした感覚がたまらない。ほぼ体温と一緒なので、ほとんど熱を感じない。だから、平気で1時間くらい浸かれてしまう。
ぬる湯は真夏の暑い日こそ最高だが、じつは秋や冬に入るぬる湯も悪くない。気温が低ければじっと長時間つかっていることになるが、体の芯まで温まるので、湯冷めすることなくポカポカの状態が持続する。1時間もつかっていると、額にじんわりと汗がにじんでくるほどだ。
そんなぬる湯の醍醐味を味わえる温泉のひとつが、大分県・九重町の山あいに湧く壁湯(かべゆ)温泉「旅館福元屋」だ。約300年前の江戸時代に猟師により発見されたといわれる。
日本秘湯を守る会の宿である福元屋の名物は、天然の洞窟風呂。宿の目の前を流れる川を仕切って浴槽にした、川岸の露天風呂である。天然の岩が張り出している部分の真下に湯船がある格好なので、上を見上げれば、苔に覆われた天然の岩肌がのしかかるように迫る。
10人くらいは浸かれそうな湯船は、腰くらいまでの深さがあり、底には大きな石がごろごろと転がる。まさに川底そのままである。
■人の心を魅了する混浴風呂
源泉は湯船の岩の奥から湧き出している。いわゆる「足元湧出泉」で、自然の力で湧出した源泉が直接湯船に投入されている。まるで清水のような透明度である。どこが泉源であるかはわからなかったが、ドバドバと大量の湯が隣の川へとあふれ出していくので、湧出量は半端ではない。
源泉の温度は、約39℃。これは湧出口の泉温なので、湯船での体感温度は36℃~37℃くらい。このくらいの泉温は、熱くも冷たくも感じないので、体にまったくストレスがない。川のせせらぎをBGMに、何時間でも浸かっていられそうだ。
ちょっと驚いたのは、洞窟風呂は混浴にもかかわらず、女性の入浴客が多いこと。外から丸見えだし、広さもあまりない。湯も透明である。いくらバスタオル巻きがOKとはいえ、女性にとってはハードルが高いはずだ。
それでも、唯一無二の温泉だからだろうか、筆者が入っている間にも若いカップルが1組、中年夫婦が2組入浴してきた。多少の恥ずかしさは我慢してでも入りたい。そんなふうに思わせる魅力が洞窟風呂にはあるのだろう。