11月8日、アメリカ大統領選挙は事前の世論調査の結果を覆し、反グローバル化を掲げるトランプ候補が勝利した。「トランプショック」で世界各国に激震が走る。選挙期間中に厳しい対中批判を展開してきたトランプ氏は、来年1月20日米大統領就任後、どんな対中政策を打ち出すか、米中貿易戦争は勃発するかが注目される。
選挙公約≠政権公約
まず、我々は選挙公約の性格は政権公約と違うことを認識しなければならない。選挙公約はあくまでも政権を取る前にライバルを打ち負かすための作戦手段であり、いったん政権を取れば、必ずしも履行するとは限りません。たとえ選挙公約の一部を履行するとしても、百パーセント履行する政権はまずないのだ。一方、政権公約は戦略的な視野から国益を最大限に追求する国策であり、特別な事情がなければ、政権側に履行する義務がある。
歴代の米大統領の選挙公約としての対中政策と政権を取った後の実際の対中政策を比較すれば、両者の違いの大きさが驚くほど浮き彫りになる。
例えば、民主党政権のクリントン大統領は、1992年の大統領選挙期間中、中国の指導者をナチスドイツのヒトラーに喩え、米中関係の改善を目指すブッシュ大統領(父)を「独裁者に媚びを売っている」と強く非難し、激しい「チャイナバッシング」を展開した。だが、大統領になると、ビル・クリントン氏は「君子豹変」を遂げ、中国と「戦略的パートナシップ関係」を結んだ。さらに1998年に大統領として訪中したクリントン氏は、中国には9日間滞在しながら、日本を素通りして帰国した。大統領になる前の選挙言論となる後の国家政策のギャップが余りにも大き過ぎる。
また、共和党政権のブッシュ大統領(息子)は2000年の大統領選挙期間中、クリントン政権が締結した「米中戦略的パートナシップ関係」を厳しく批判し、中国を「戦略的競争相手」と位置づける。しかし、大統領になると、ブッシュ氏は現実路線を取り、中国と「建設的なパートナシップ関係」を結んだ。結局、ブッシュ政権の「建設的なパートナシップ関係」はクリントン政権の「戦略的パートナシップ関係」と形容詞が違うだけで、中身は一緒だ。
事実、1972年米中関係を打開したのは共和党政権のニクソン大統領であり、1979年米中国交を樹立したのは民主党政権のカーター大統領だった。以降、米政権交代は何回も行われたが、米中激突のような劇的な変化が起こらなかった。これまでの経験則では、トランプ政権の誕生で米中関係が急激に悪化するシナリオが考えにくい。
市場の反応~「トランプショック」が限定的
「トランプショック」に対し、中国市場の反応は割に冷静的だった。トランプ氏当選が確定した11月9日主要国株価の騰落率を見よう。この騰落率から、各国が受ける「トランプショック」の度合いが窺える。
図1に示すように、日本(▼5.36%)をはじめ、韓国(▼2.25%)、メキシコ(▼2.23%)、オーストラリア(▼2.0%)など、米国と同盟関係にあるアジア・太平洋地域の国々の株価下落率が際立つ。これは選挙期間中、「TPP離脱」、日韓などの同盟国に「米軍駐留費の全額負担を求める」、米国・メキシコ国境に「トランプ壁を作る」などというトランプ氏の過激発言と関係ある。仮に「暴言実行」となれば、これらの国々に与える影響は計り知れない。
上記国々に比べれば、上海総合株価指数は▼0.62%下落にとどまり、中国に与える衝撃は日本や韓国などに比べれば限定的なものだとマーケットは受け止めている。
出所)各国の株価により沈才彬が作成。
トランプ政権の誕生で米中貿易戦争が勃発するか?
伝統的に民主党政権は民主、人権、環境を重視する傾向があり、共和党政権はビジネス、経済、産業を重視する向きがある。共和党のトランプ政権の下では、対中政策において、貿易や為替などの経済分野ではオバマ政権より厳しい姿勢が予想される。
選挙期間中、トランプ氏は安価な中国製品が米国の雇用を奪うとして、「当選すれば中国を『為替操作国』と認定し、輸入品に45%の関税をかける」と発言している。
この過激発言を完全に実行した場合、これはWTOのルールに違反する一方的な行為で、必ず中国の報復を招く。米中貿易戦争が勃発すれば、両国の利益を大きく損ねるのみならず、世界経済もパニック状態に陥る。従って、すべての中国製品に45%の関税を課すという「選挙公約」を完全に実施するシナリオは先ずないと見ていい。
しかし一方、トランプ思想の底流には孤立主義や反グローバル化があり、貿易保護主義に走る確率が高い。対中関係において、たとえすべての中国製品に45%の関税を課すことが無くても、中国製品輸入制限や反ダンピング措置発動、人民元切り上げ圧力強化など厳しい貿易政策を取る可能性が高い。米中貿易戦争には至らないが、貿易摩擦の激化が予想され、中国経済に大きなダメージを与えかねない。
中国にとって、米国は最大な輸出相手国であり、最大な貿易黒字の源泉地でもある。次頁図2の通り、2001年WTO加盟以降、中国の対米輸出と対米貿易黒字が急増し続けている。対米輸出は02年の699億ドルから15年の4096億ドルへと5.9倍増、対米貿易黒字は427億ドルから2609億ドルへと6.1倍増、02~15年の対米貿易黒字は累計で2兆2342億ドルにのぼる。一方、同時期の中国外貨準備高は2684億ドルから3兆3300億ドルに急増した。言い換えれば、この14年間、中国外貨準備高の増加分3兆436億ドルのうち、73%が米国による貢献である。仮にトランプ政権が厳しい対中貿易政策を打ち出した場合、中国輸出への打撃が大きく、経済減速をさらに加速させる恐れがある。
もう1つの懸念材料はトランプ政権による企業大幅減税の実施(法人税率35%→15%)及び米企業の国内回帰である。これは米企業の中国撤退及び中国の資本流失加速に繋がり、中国の金融リスクを増大させる懸念が強まる。
出所)中国人民銀行と商務省データにより沈才彬が作成。
勿論、中国にとって、トランプ政権の誕生は懸念材料ばかりではない。実際、チャンスも秘めている。例えば、トランプ氏は「環太平洋経済連携協定」(TPP)脱退を明言している。TPPが進まない場合、アジア太平洋地域の軸足は中国主導の「東アジア地域包括的経済連携」(ACEP)に移るのは間違いない。
また、トランプ次期大統領の上級顧問(安全保障問題担当)ジェームズ・ウルジー氏は11月10日、オバマ政権のAIIBへの参加見送りが「戦略的な誤り」と批判し、トランプ政権発足後、米国が方針を転換する可能性を示唆した。米国が中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に参加すれば、中国にとって大きなプラス材料になる。
要するに、トランプ次期大統領は米中関係にとって、不確定性が多い。中国は今、「トランプリスク」と「トランプチャンス」の両方をにらむ姿勢で臨む。万全を期すために、中国はワーストシナリオを想定し、危機管理を強める一方、ベストシナリオも視野に入れ、米国が参加しないACERの締結に力を入れるだろう。