今年2月17日、近平国家主席が「チャイナテック」と言われる先端技術企業の経営者を北京の人民大会堂で一堂に集め、民営企業座談会を主催した。
合計31社の創業者または経営者が出席し、そのうち最も注目される人物はネット販売最大手のアリババ創業者馬雲(ジャック・マー)だ。なぜなら馬氏は政府当局の監督を批判し、4年以上にわたり締め付けを受けてきた人物からだ。座談会の後、習近平主席は笑顔で馬氏と握手した(写真を参照)。
写真説明)笑顔でアリババ創業者馬雲(ジャック・マー)と握手する習近平主席~新華社
習主席が馬雲氏と握手する一枚の写真は一体何を意味するだろうか?本稿はその背景と意味を分析する。
●座談会に出席した民営企業経営者の顔ぶれ
中国中央テレビ局(CCYV)が提供したテレビ画面によれば、習主席が主催する座談会に出席した民営企業創業者・経営者が合計31名で、習主席、李強首相ら中央政府の指導者たちと対面する形で座る。一列目の席に着くのは下記14人(左からの順番)だ。
・寧徳時代(CATL、車載バッテリー世界最大手)創業者、会長 曽毓群
・アリババ集団(ネット販売中国最大手)創業者 馬雲(ジャック・マー)
・飛鶴乳業(粉ミルク中国最大手)会長 冷友斌
・正泰集団(変圧器大手)会長 南存輝
・宇樹科技(ロボット大手)創業者、CEO 王興興
・新希望集団(飼料メーカー中国最大手)創業者、会長 劉永好
・華為技術(通信機器世界最大手)創業業者、CEO 任正非
・BYD(自動車メーカー中国最大手)創業者、会長 王伝福
・上海韋爾半導体(半導体大手)創業者、会長 虞仁栄
・小米(スマホ大手)集団創業者、CEO 雷軍
・奇安信科技集団(ネットセキュリティ大手)創業者、会長 斉向東
・泰豪集団(知能電力大手)創業者、会長 黄代放
・テンセント(SNS中国最大手)創業者、会長兼CEO 馬化騰
・ディープシーク(AIスタートアップ企業)創業者 梁文鋒
写真説明)座談会に出席した人たち。1列目左から2人目がアリババ創業者馬雲氏~新華社
上記の顔ぶれはいずれも中国を代表するリーディングカンパニーの創業者または経営者である。そのうち、最も存在感がある人物は、言うまでもなくアリババ創業者の馬雲氏だ。
●最も注目される人物・馬雲氏
馬氏が注目される理由が2つある。
1つ目は、馬氏が嘗て大きな国際影響力を持つ中国民間企業経営者だった。2020年11月以降に公の場から姿を消した馬氏だが、その以前には国際舞台で大いに活躍していた。
2017年、下記の通り合計13ヵ国の政府首脳が馬氏と相次いで会談した。
・1月9日 米国次期大統領トランプ氏
・1月18日 ノルウェー首相ソールベルグ氏
・5月2日 アルゼンチン大統領マクリ氏
・5月4日 メキシコ大統領ペニャニエト氏
・5月12日 マレーシア首相ナジブ氏
・5月21日 パキスタン首相シャリーフ氏
・9月20日 トルコ大統領エルドアン氏
オーストリア大統領アレクサンダー氏
フランス大統領マクロン氏
・9月25日 カナダ首相トルドー氏
・10月15日 ロシア大統領プーチン氏
・10月25日 フィリピン大統領ドゥテルテ氏
・11月6日 ベトナム首相フック氏
決して言い過ぎではないが、国際影響力について、馬氏の右に出る中国の企業経営者がいない。
4年間にわたり引退生活を送ってきたこの馬氏が、再び公の場に現れ、国内外に注目されるのは当然のことである。
2つ目の理由は、当局を批判する発言によって中国政府から強烈なバッシングを受けてきた馬氏が、再び習近平政権に厚遇されることにある。
周知の通り、2020年10月24日に上海市内で開かれたセミナーで、馬氏は金融当局の責任者たちの前で、「中国の問題は金融システムのリスクではなく、金融システムがないことだ」「良いイノベーションは監督を恐れない。ただ、古い方式の監督を恐れるだけ」と体制批判を展開した。
米紙ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、この講演の報告書を読んだ習近平国家主席が激怒し、「資本の無秩序拡張防止」という大号令を出した。その直後、予定されたアリババグループの子会社で電子決済サービス「アリペイ」を運営する「アント・グループ」の新規上場が急遽中止となった。
そこからアリババの悪夢は始まった。翌年4月10日、中国国家市場監督管理総局がアリババに対し、《独占禁止法》違反という理由で182億元(約3,050億円)に上る巨額罰金を科すと発表した。この金額は、2015年米国半導体大手のクアルコム社に対して、同じく独禁法違反で科した罰金額約10億ドル(約1,100億円)の3倍に相当し、罰金規模として史上最大とされる。
アリババのみならず、ほかのIT大手も当局からのバッシングを受ける。21年10月8日に国家市場監督管理総局はネット出前や旅行予約などの生活関連サービスを手がける美団(メイトゥアン)に対し独占禁止法違反を認定し、34億4200万元(約621億円)の罰金の支払いを命じた。このほか、ネットサービス大手の騰訊(テンセント)、ネット販売大手の京東集団と拼多多(ピンドゥオドゥオ)、配車アプリ最大手の滴滴出行(ディディ)、検索大手の百度など、中国IT大手のほとんどが独占禁止法違反で罰金の支払いを命じられた。これらのIT大手はいずれも民間企業だ。
今回、嘗て中国当局を批判し、政府からのバッシングを受けてきた馬氏は、習近平主席が主催する民営企業座談会に出席した。しかも習主席と握手した。習近平と馬雲の握手は時代の変化を象徴する出来事だと、マスコミは受け止めている。
●示された2つのシグナル
筆者は、習近平と馬雲の握手は少なくとも次の2つのシグナルが示されたと思う。
まず1つ目は、プラットフォーム企業に対する締め付けを当局が解除するというシグナルだ。
前述したように、2021年以降、当局はアリババ、美団(メイトゥアン)などプラットフォーム企業に対し、独占禁止法違反という理由で巨額罰金など厳しい締め付けを行った。その結果、国内IT大手のほとんどは大きな打撃を受け、成長鈍化または後退に陥った。「GAFA」(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)という米国ビックテックとのギャップが益々拡大した。
表1に示すように、2019年4月時点で世界企業時価総額ランキングでは、上位10社にアリババとテンセントなど中国2社がランクされたが、2024年12月時点では上位10社に中国企業の姿が消えた。最高位のテンセントが21位、アリババは50位以下だった(表1を参照)。
米中IT企業のギャップ拡大は、中国に不利益をもたらした。プラットフォーム企業に対する締め付けは、継続する理由がもう存在しない。むしろ解除こそが中国の国益に叶う。
2つ目のシグナルは、民間企業に対する中国政府の姿勢の変化だ。これまで当局は「資本の無秩序拡張反対」や「共同富裕」という名目で民間企業の成長を抑制してきた。そのため、民間企業の動揺が広がり、資本と人材の海外流失を加速させ、中国政府が意図しなかった結果がもたらされた。中国経済も景気低迷の長期化に陥っている。
現在、全国税収の50%超、GDPの60%超、イノベーションの70%超、雇用の80%超が民間企業の貢献によるものだ。民間企業の成長がなければ、国の経済成長もないと言っても決して過言ではない。
表2に示すように、ここ数年、中国工業企業は3年連続で利益減少、うち国有企業が2年連続減益、外資系企業も3年連続減益している中、民営企業が微増だが、2年連続で増益している。民間企業はいま中国経済成長のカギを握っている(表2を参照)。
従って、「民間経済を発展させる政策を着実に実施することが当面の民間事業促進に関する政府活動の重点」(習近平主席)であり、民間事業に対する抑制から支援への政策転換が求められる。
この意味では、民間企業経営者の代表格である馬雲氏を習近平主席主催の民営企業座談会に参加させ、習主席と握手することは大きなインパクトがあり、政府姿勢の変化が国民に伝わる絶好のチャンスだ。
特にトランプ政権2.0誕生後、米中貿易摩擦が激化している。民間企業の活性化は「トランプショック」に対応する1つの妙策かも知れない。(了)