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第190話 米中技術覇権争奪の挟間に日本の居場所があるか?

中国経済の最新動向

 年初の中国「ディープシークショック」を発端に、米中技術覇権の争奪は激しさを益々増している。その狭間に日本の居場所があるかが懸念される。

 

●「ディープシークショック」とは何か?

 いわゆる「ディープシークショック」は、これまで無名だった中国AI企業Deep Seek(ディープシーク)が発表した生成AIアプリが、AI開発競争の前提と未来を根本から覆す衝撃をいう。

 これまでマイクロソフト、メタ、オープンAIなどの米企業は新しい世代のシステムの訓練と運用に必要だとして、半導体とデータセンターに莫大な投資を行ってきた。しかし、中国のDeep Seekは最先端半導体を使用せずに、低コストで高性能の生成AIモデルの開発に成功し、最先端半導体使用と大規模投資という前提が覆された。仮に中国Deep Seekの成功経験が世界に適用すれば、米国大手テック企業のそうした投資の大半は無駄ということになる。その衝撃が大きく、市場は震撼した。

今年1月27日、Deep Seek社は、低コストで高い性能を持つ生成AIモデルの提供を開始し、アップルのアプリストア(米国)で無料アプリのダウンロード数1位を獲得し、ライバルであるOpenAIのチャットGPTを凌いだ。

これを受け、AI向け半導体で一強が続く米エヌビディア製GPU(画像処理半導体)の依存度が下がると見て、AI半導体関連株が一斉に売られた。ナスダック指数が▼3%、フィラデルフィア(PHL)半導体指数が▼9.1%など、ハイテク銘柄が急落し計1兆ドルの時価総額が吹き飛ばされた。そのうち、エヌビディアは約17%下落、時価総額にして約5900億ドル(約91兆円)が吹き飛んだ。個別企業の1日の時価総額下落幅として史上最大額とされる。

エヌビディアのほか、米半導体大手のブロードコムが▼17.4%、マイクロンテクノロジが▼11.7%、ナスダックに上場している英Arm▼10.2%、半導体露光装置世界最大手の蘭ASML▼5.7%と、データセンター向けに電力を提供する米電力大手コンステレーション・エナジーが▼20.8%と、それぞれ下落した。

一連の出来事は、最先端技術分野における米国の覇権に中国が挑戦し、着実に追いつき追い越そうとしていることを明らかにした。

トランプ大統領も27日、「中国企業『ディープシーク』による生成AIの発表が、競争に勝つためにさらに集中すべきだという米国のAI業界への警鐘として受け止めるべきだ」という認識を示している。

 

●「ディープシークショック」を読む3つのキーワード

 「ディープシークショック」を読むキーワードが3つあると思う。1つ目は「中国発」だ。

 周知の通り、生成AIの開発では「ChatGPT」を開発したオープンAIやマイクロソフトなどの米国企業がリードし、「一極支配」の様相を示してきた。

 特にオープンAIの最新モデル「Open o1」は推論力の強さと性能の高さが特徴である。ところが、今回発表のDeepSeek-R1はo1に劣らぬ高い性能を持つと言われる。米有力紙ウォール・ストリート・ジャーナルは、Deep Seekの生成AIモデルが「難しい問題を推論する能力でOpenAIの生成AIに匹敵する、或いはそれをしのぐとも言われ、多くのユーザーを魅了した」「複雑な計算問題を与えたところ、ディープシークは4分で回答し、オープンAIのモデルよりも3分早かった」と報じている。

 Deep Seek(中国名:深度求索)は本社が杭州に置く中国のAIスタートアップ企業だ。創業者の梁文峰氏は1985年生まれの「80後」世代で、AI研究で知られる浙江大学の大学院を修了した後、2023年7月にDeep Seekを創設した。梁氏は、AIの分野で中国政府の重視する人物だ。今年1月20日に李強首相が主催した中国の経営者会議に出席したのに続き、2月17日に習近平国家主席が主催した民営企業経営者座談会にも出席した。

 Deep Seekの開発チームは梁氏を含め139人で、「ChatGPT」を開発したオープンAIなどに比べ、大幅に少ない。しかも主要メンバーは欧米留学経験が無く、北京大学や清華大学の卒業生または在学生である。

 さらに、DeepSeek-R1開発に使われるGPUは、エヌビディア社の最新GPU「H100」ではなく、型落ちGPU「H800」だ。前者はバイデン政権時代が実施した先端チップ輸出禁止の対象であり、購入できないからだ。

 中国の企業、中国人要員が型落ちGPUで、米国の最先端生成AIに匹敵するモデルの開発に成功した。その事実自体が画期的な出来事と言わざるを得ない。

 2つ目のキーワードは「低コスト」だ。
 Deep SeekがR1の訓練に要した期間はたった2カ月で、そのために使った半導体の数は型落ちGPU「H800」2000個。チャットGPTなど米国の主要モデルが要した最新GPU「H100」が1万6000個以上だ。その結果、DeepSeek-R1の開発費用がわずか560万ドルに抑えられた。一方、オープンAIが最新モデル「GPT-4」の開発に要した金額は約1億ドルと報じられている。つまり、DeepSeek-R1のコストは従来の開発費用の10分の1以下に抑えることができた。

 Deep Seekの成功経験は、巨大企業でなくとも、巨額投資でなくても、最先端半導体でなくても、AI開発が可能であることを示している。その意義が大きく、今後スタートアップなどによる開発競争が進み、AIの発展に寄与することになるだろう。

 3つ目のキーワードは「オープンソース」だ。
 Deep SeekはオープンAIと異なり、全てのモデルをオープンソース方式にすることを決めている。基本コードは開発者なら誰でも利用可能で、自由に修正できる。学習手法などの技術論文も公開されており、これらの情報には誰でもアクセスできる。

 Deep Seekの「低コスト」及び「オーブソース化」は、スタートアップ企業や中小企業によるAI開発に道を開くことになる。

 

●日本の居場所はどこにあるか?

 Deep Seekの成功は米国政府の対中半導体輸出規制の下で実現されたものである。その成功によって、米国による中国制裁の効果が疑われる。「ディープシークショック」をきっかけに、米中間の先端技術をめぐる覇権争奪は一層熾烈さを増すことが間違いない。

 日本企業にとって、懸念されることは米中技術覇権争奪の狭間に居場所があるかという問題だ。

 スマートフォン、人型ロボット、電気自動車(EV)、ドローン、クラウド、量子コンピュータ、半導体、生成AIなどの先端技術分野の勢力図を見よう。

 まずはスマートフォン。2024年世界スマートフォン出荷台数ランキングでは、1位は米国のアップル(2億3210万台)、2位は韓国のサムスン(2億2340万台)、3位シャオミ(1億6850万台)と4位トランシオン(1億690万台)及び5位OPPO(1億480万台)はいずれも中国のメーカーであり、日本企業の姿が見られない。

人型ロボットについて、今年2月に米金融大手モルガン・スタンレーは、人型ロボットのエコシステムで重要な役割を果たす可能性のある企業100社をまとめたリポートを発表した。リポートでは、世界の主な人型ロボットメーカー16社とその製品をリストアップしている。中国からは、智元機器人(Agibot)、傅利葉智能(Fourier Intelligence)、星動紀元(Robot Era)、優必選科技(UBTECH Robotics)、宇樹科技(Unitree Robotics)、小鵬汽車(Xpeng Motors)など6社が選出。米国からは、Agility Robotics、Apptronik、ボストン・ダイナミクス、Figure AI、テスラの5社が選ばれた。日本からの選出がトヨタ1社だけだった。

 EV分野では米国のテスラと中国のBYDは独走している。EVに不可欠の車載バッテリーでは上位10社に6社が中国企業。1位の寧徳時代(CATL)と2位のBYD2社だけで世界シェアの53.2%を握っている。一方、日本のパナソニックが世界6位、市場シェアが4.7%しか占めていない。
 
 ドローン分野では、中国の大疆(DJI)は米国の制裁にもかかわらず、世界のドローン市場で70%以上のシェアを誇り、その覇権が揺るぎない。

 クラウド分野では上位10社に米国がアマゾン(1位)、マイクロソフト(2位)、グーグル(3位)など7社、中国はアリババ(4位)、テンセント(7位)、華為(8位)など3社がランクイン。日本企業の入選が無かった。

 量子コンピュータ分野では、韓国科学技術情報通信部のデータによれば、米国が1位(スコア100)、中国が2位(35)、ドイツ3位(28.6)、日本4位(24.5)となっている。現時点では米国が大きくリードするが、中国が猛追している。

半導体分野では、先端プロセスにおいてエヌビディアなど米国企業が大きくリードしている。成熟プロセスにおいては、中国企業が米企業に追いつける勢いを示している。

生成AI分野では、国連の世界知的所有権機関(WIPO)が24年7月に発表したデータによると、2014-23年の10年間、世界の生成AI関連の特許出願件数は5万4000件に達している。国別の特許出願件数をみると、中国が3万8210件で1位、2位米国の6276件、3位韓国の4155件、4位日本の3409件を圧倒し、世界全体の約7割を占めている。

また、米大手ベンチャーキャピタル(VC)のアンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)は今年3月7日、消費者向け生成AIアプリの最新ランキングとして、ウェブ版とモバイル版それぞれのトップ50を発表した。米国のオープンAIのChatGPTはウェブ版・モバイル版ともに1位となり、圧倒的な強さを見せつけた。ウェブ版では、中国Deep Seekの推論モデル「DeepSeek-R1」2位、バイトダンスの「豆包(Doubao)」が10位、月之暗面(Moonshot AI)の「Kimi」が11位、MiniMaxの「海螺視頻(Hailuo AI)」が12位、快手科技(Kuaishou Technology)の「可霊(Kling)」が20位に入った。モバイル版では、バイドゥの「百度AI捜索(Baidu AI Search)」が4位、アリババグループの「夸克(Quark)」が6位、豆包Doubaoが7位にランクインした。Deep Seekのモバイル版は、多くの国や地域でダウンロードが禁止されているため、14位となった。生成AIにおける米中2大国のリードが鮮明となり、日本が大きな遅れを取っている実態が浮き彫りになっている。

 AI分野における日本の立ち位置について、筆者は中国Deep Seekの生成モデルに質問したところ、次のような回答を得た。

質問:「AI分野について言えば、米中に比べて日本はどういう位置づけでしょうか?」

Deep Seekの回答
「日本はAI分野において米中に比べて遅れを取っているとされています。その理由は以下の通りです:
1. 研究開発の遅れ
  ・ 日本はAIの基礎研究で一定の成果を上げていますが、米中に比べて研究規模や資金が不足しており、特にディープラーニングや大規模言語モデルでは遅れが目立ちます。
2. 産業応用の遅れ
  ・ 自動車や製造業でのAI活用は進んでいますが、ITや金融など他の分野での応用が遅れており、全体的な普及度で米中に後れを取っています。
3. 人材不足
  ・ 日本はAI人材が不足しており、教育システムも米中に比べて遅れています。これがイノベーションの足かせとなっています。
4. データ活用の制約
  ・ データの収集と活用において、プライバシー規制や文化的事情から米中に比べて不利です。
5. 政府の取り組み
  ・ 日本政府もAI戦略を推進していますが、米中の大規模な投資や政策に比べると見劣りします。
ただし、日本はロボティクスやIoTなど特定分野で強みを持ち、今後の巻き返しも可能です。政府や企業のさらなる取り組みが求められています」と。

 Deep Seekの回答はまともなものだと思う。

 以上述べたように、ほとんどの先端技術分野で、米中が激しく覇権を争奪しており、その熾烈さを益々増している。一方、かつて「技術大国」と言われてきた日本は今、先端技術分野における存在感が低く、米中覇権争奪の狭間に埋没している。今後、日本はいかに強みを発揮し、遅れを挽回するかが注目される。 (了)

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