筆者は今、1年ぶりに北京に来ている。本稿は、筆者が北京の街頭に肌で実感した景況や自分の目で確認した中国経済の実態を見聞録の形で現地からレポートする。
●町を走る車、4割がEV
中国では、自動車のEV(電気自動車)化は急ピッチで進んでいる。そのスピードは我々の想像を超えている。
北京の街を走る車は、ガソリン車とEVなど新エネ車が区別されやすい。EVなど新エネ車のナンバープレートは緑で、ガソリン車は青だ。昨年11月に筆者が訪れた時、町を走る車は約2割がEV車、8割がガソリン車だったが、今は4割がEV車だ。背景にはEVを含む新エネ車の急速な普及及び北京市政府によるガソリン車タクシー走行禁止令がある。
【写真説明】北京市の街を走る車。緑ナンバープレートはEV車、青はガソリン車。
北京市政府は、環境保全を促進するために、昨年末にガソリン車タクシーの走行を全面禁止する政令を打ち出し、2024年1月より実施に移った。この政令は、北京市の街を走るEV車の比率が一層高まることに貢献している。
全国的に見れば、EV車の普及は新車販売における新エネ車の市場シェアの急増と密接な関係にある。中国汽車工業協会によれば、今年1~11月、EVなど新エネ車の新車販売は前年同期比35.6%増の1,126万台にのぼり、全体の40.3%を占める。うち、11月に新エネ車の新車販売が151万台に達し、市場シェアが45.6%に拡大している。
現在、中国のEVが世界をリードしている。その生産と販売がいずれも世界の半分以上を占める。そのうち、最も注目される中国のEVメーカーは、BYDだ。今年1~11月に同社のEVとPHEVの販売台数が前年同期比40%増の376万台、米国のテスラを圧倒している。コロナ前の2019年に比べれば実に8倍増で、大躍進を遂げた。
一方、EV分野における日本の出遅れが目立つ。2023年EV及びPHEVの普及率が僅か3%強、今年は3%以下に低下し、中国とのギャップが拡大している。
特に、中国の自動車市場では、現地メーカーのEV攻勢を前に、日本勢の後退が際立つ。今年1~11月の販売台数はホンダが前年比で▼31%、日産が▼11%、トヨタが2月から9カ月連続でマイナス成長が続いてきた。日本車の牙城と言われるタイでも、中国メーカーのEV攻勢で日本勢が苦戦している。
中国EV車の攻勢に対し、アメリカとEUは特別関税措置を発動し対抗しようとしているが、中国勢の躍進を阻止できるものとは考えにくい。
●惨憺たる商店街
今年9月中国政府による大型景気刺激策発表以降、景況感が若干改善されたものの、依然と厳しい状況が続いている。
筆者が北京で宿泊しているところから3分程度歩くと、李克強元首相の夫人・程虹女史が教鞭を取る場所「首都経済貿易大学」の看板が見えてくる。学校の右側に、筆者が嘗て良く利用していた喫茶店や北京ダック店、スーパー、ビジネスホテルなど十数店舗がずらりと並ぶ商店街がある。しかし、今は店が悉く閉店してしまった。馴染みのある商店街の凋落を目の前にして、とても寂しい感じを禁じ得ない。
【写真説明】首都経済貿易大学に隣接する商店街に閉店した店舗が目立つ。
【写真説明】北京市最大のデパート「北京SKP」の売り場に利用客がまばら。
宿泊地の近くに、北京市最大の百貨店・北京SKPがある。入ってみれば、レストラン街がある6階を除き、ほかのフロアはいずれも利用客がまばらだ。百貨店利用客の減少は、ネット販売の普及が一因であるが、内需不振やデフレの進行が元凶だと思う。
中国政府の発表によれば、消費者物価指数(CPI)が8月0.6%、9月0.4%、10月0.3%、11月0.2%と、僅かな上昇が続いている。生産者物価指数が11月▼2.5%と、26カ月連続で前年割れとなっている。デフレが進行している証だ。
デフレ状態の下では、政府も企業も個人も財布事情が厳しい。今年1~11月、全国財政収入19兆9010億元、前年同期比で▼0.6%、うち税収が▼3.9%で減少している。一方、財政支出が2.8%増の24兆5053億元、財政赤字が4兆6043億元にのぼる。言い換えれば、政府に金がない。
企業にも金がない。国家統計局によれば、今年1~10月の工業企業利益が前年同期に比べれば▼4.3%。うち、8月▼17.8%、9月▼27.1%、10月▼10%と、大幅な減益が続いている。
家計も厳しい。中国財政省の発表によれば、1~11月の個人所得税収が▼2.7%となり、実際の個人所得が減少していることを裏付ける。
政府・企業・個人はいずれも金がない状態を改善しない限り、デフレから脱却し景気が好転することが難しい。
●身近の人も雇用の寒波に襲われる
デフレ進行は企業の業績を圧迫し、失業者の増加をもたらす。国家統計局の発表によれば、今年1~11月全国都市部の平均失業率が5.1%、「農民工」という農村部からの出稼ぎ労働者を計算に入れると失業率が10%を超えると見られる。
特に若者の失業率が際立つ。政府統計によれば、在学生を除く16~24歳の若者失業率が7月17.1%、8月18.8%、9月17.6%、10月17.1%、11月16.1%と、高止まりが続いている。
筆者の身近の人も雇用の寒波に襲われる。妻の親戚の長男は3年前に大学を卒業し、北京市の民間企業に就職したが、今年7月に勤務先の会社が2年連続の赤字で破産に追い込まれた。彼も仕事を失ってしまった。
筆者の大学教え子の1人が5年前に、日本の大手広告会社の中国現地法人社長に就任した。昨年11月に北京で会った時、この教え子は自信満々だったが、今月再会した時は、落ち込み気味だ。業績不振のため、東京本社から中国撤退を命じられ、会社が清算手続きをしているからだ。従業員15人の会社は今、教え子1人しか残らず、名実ともに「ワンマン社長」となった。
実際、業績悪化や人員削減の外資系企業は教え子の会社だけではない。
「2024年中国投資年鑑」によれば、2023年に外資系企業雇用者数は988万人、前年に比べ148万人が減少し、全体の15%に相当する。今年1~11月、外国から中国への直接投資が実行ベースで前年同期比▼27.9%となり、雇用者数はさらに減少することが避けられない。
2025年の中国経済は予断を許さない。好転するかそれとも悪化するかが、デフレから脱却し内需拡大ができるかどうかにかかっている。(了)