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採用・法律

第71回 従業員に事業を承継させるときの注意点

中小企業の新たな法律リスク

 長年、工作機械メーカーを経営してきた石川社長は、以前から長男に会社を継がせようと準備をしていましたが(第65回参照)、突然、長男が会社を継がないと言い出したため、やむを得ずに従業員に会社を継がせることとなり、賛多弁護士に相談に来られました。

* * *

石川社長:前回、長男に会社を継がせることを前提に先生にご相談しましたが、突然、長男が会社を継がないと言い出しました。会社を辞めて今後は自分のやりたいように生きるようです。本当に誰に似たのか頑固で梃子でも動きません。てっきり長男が会社を継いでくれると思っていたので大変残念です‥…

賛多弁護士:(頑固なのは石川社長似だとツッコミたいところを耐えて)そうですか、ご長男が承継者になられるものだと安心していましたので、非常に残念です。今更となってしまいますが、事業承継にあたって承継候補者を含めて家族間できっちり話し合っておけばご長男の意向も理解できたのかもしれませんね。

石川社長:私も親から会社を継ぎましたが、長男も同じように会社を当然継いでくれるものだと思い込んでいましたので、真剣に話をしたことがなかったように思います。今は本当に反省しています。

賛多弁護士:無理やりご長男に承継させても本人にとっても会社にとっても望ましくないので、この時期に分かったのは逆に良かったかもしれませんね。ところで、そうすると会社は誰に承継させるおつもりですか。たしかご次男は会社員をされていましたよね?

石川社長:はい。私の右腕として30年近く働いてくれている従業員に後継者になってもらおうと考えています。この従業員は他の従業員からも信頼が厚く後継者に適任だと考えています。この従業員も会社を継ぐ意思はあるようです。従業員に継がせる場合に何か注意することはありますか。

賛多弁護士:前回もお伝えしましたが、後継者に社長が保有している株式を取得させることが大切です。従業員に承継させる方法として、株式を贈与する方法と売却する方法が考えられますが、贈与の場合には遺留分侵害の問題、売却の場合は買取資金を捻出できるかという問題がありますね。

石川社長:たしかに売却するといってもその従業員には買取資金はなく、贈与を考えていますが遺留分対策をどうしたらよいでしょうか。

賛多弁護士:それは前回の親族内承継の遺留分対策の問題と基本的に同じです。

石川社長:遺留分対策というと、たしか、私のように株式の他に財産がない場合には、後継者に株式を全部贈与してしまうと長男や次男の遺留分を侵害することになるため、後継者は代償金を支払わなければならなくなるということですね。

賛多弁護士:そのとおりです。前回アドバイスしたとおり、議決権のない種類株式を発行したうえで、議決権のない種類株式をご子息に相続させて、議決権のある普通株式を後継者に贈与すれば議決権を後継者に集約できるので、安定した経営が可能となります。

石川社長:そうでした。株は分散するけど議決権はその従業員のみが行使できるので会社の支配権を維持できるわけですね。一方、贈与の対象を議決権のある普通株式に限定すれば遺留分侵害の恐れは少ないということですね。

賛多弁護士:はい。また株式を後継者である従業員に贈与することに対して、ご子息が理解を示して、株式を遺留分対象の財産から除外することの合意をしてくれれば、当該株式を遺留分侵害額請求権の対象にならないようにすることも可能です。これを除外合意の制度と言います。

石川社長:そのような制度があるのですね。長男は親の資産に頼らずに自由に生きると言っているので合意してくれると思います。あとは私が次男を何とか説得したいと思います。

賛多弁護士:わかりました。一方、後継者が株式を買い取る場合ですが、前回も説明したとおり後継者の従業員には手元に資金がなくても事業承継にあたり買取資金の融資制度が用意されており、従業員の場合もこれらの融資を受けることで株式を買い取ることもできます。その他にも石川社長を被保険者とする生命保険の受取人を後継者や会社とすることで、社長が亡くなれば保険金が支払われるので代償金の支払や株式の買取資金の原資とすることができます。

石川社長:たしかに、その従業員が後継者になったときに困らないように、今のうちからきっちり手配してあげたいと思います。

賛多弁護士:ご長男が会社を継がないことは残念ですが、信頼できる従業員が後継者になれば他の従業員も安心して勤め続けられるでしょうから是非そうしてください。今回はその後継者候補の従業員と事前に話し合って、従業員の意思についても確認しておいてくださいね。

石川社長:今回は大丈夫です!

* * *

 前回(第65回)は、事業承継のうち親族内に後継者候補がいる「親族内承継」の事例を扱いましたが、今回は、従業員を後継者とするケース、いわゆる「企業内事業承継」がテーマです。企業内事業承継でも、親族内承継と同じく、後継者が安定した経営を実現するために、株式(厳密には議決権)を後継者に集約させることが大切です。

 もっとも、相続人でない従業員の場合は、相続分がないため相続によって株式を取得することはできず、贈与(生前贈与もしくは遺贈)か買取によって株式を取得する必要があります。親族内承継に比べてより多くの株式を後継者に贈与または売却せざるを得ず、遺留分を侵害する可能性がより高くなくなる、または買取資金の確保が大変になります。

 まず、後継者が従業員である場合の遺留分対策も基本的には親族内承継と同じです。すなわち、後継者に株式を贈与する場合には他の相続人の遺留分を侵害しないように留意することが大切です。もし株式の他にめぼしい財産がない場合は、親族内承継でも説明したとおり、種類株式(会社法108条)を活用することで遺留分を侵害しないようにできます。例えば、あらかじめ無議決権株式を発行しておき、その後普通株式(議決権のある株式)を後継者に生前贈与または遺贈し、無議決権株式を後継者以外に相続させることによって、相続人の遺留分を侵害することなく、後継者に会社の議決権を集中させることができます。

 また、除外合意という制度があり、会社の株式を遺留分対象の財産から除外することに推定相続人全員が合意することで、当該株式は遺留分侵害額請求権の対象にならないようにすることができます(中小企業経営承継円滑化法の遺留分に関する民法特例)。

 この除外合意の制度を利用するには、一定の適用要件を満たしたうえで、「推定相続人全員の合意」を得て、その合意から1ヵ月以内に「経済産業大臣の確認」を受け、さらにその1ヵ月以内に「家庭裁判所の許可」を得るといった手続きが必要になります。主な適用要件は、合意時点で3年以上継続して事業を行っている中小企業であること、後継者が合意時点で代表者であり、かつ現経営者から株式の贈与等を受けて会社の議決権の過半数を保有していることが必要です。なお、除外合意は親族内承継でも利用できます。

 また、買い取る場合の買取資金の調達手段として、親族内承継の回でも説明したとおり、例えば、現社長を被保険者、受取人を後継者や会社とする生命保険を掛けておく、各種金融機関や保証協会などでは事業承継のための特別な融資制度を利用するなどの方法があります。

 石川社長のように当然息子が継ぐだろうと思い込んで事業承継が迷走することのないように、社長の引退後ないし死亡後のことについて、あらかじめ後継者はもちろん家族とも十分に話し合っておくことは、円滑な事業承継を実現するために極めて重要です。

執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 北口 建

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