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- 第56回 『早めの決断が関係者を守る、円満に廃業をする方法』
債務超過に陥る前に会社をたたむことにした場合、どのような手続が必要になるのでしょうか。
飲食業を営む太田社長は、廃業に関して賛多弁護士に相談に来ました。
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太田社長:私の友人のA社長は、旅館業を営んでいますが、新型コロナウイルス感染症の拡大で観光客が激減したために、売上も減少の一途を辿っているようです。A社長としては、売上の回復が見通せないため、早めに会社をたたむことにしたそうです。
賛多弁護士:A社長としては苦渋の決断だったことでしょう。しかし、A社長のように早めに会社をたたむ決断をすることが取引先や従業員への影響を小さくすることができます。
太田社長:それはどういうことでしょうか。
賛多弁護士:売上の減少が続くと、最終的には債務超過、つまり、会社の資産を負債が上回るという事態に陥ります。また、運転資金も不足しますので、取引先や従業員への支払いもままならなくなります。こうなると、会社は、基本的には、裁判所が関与する破産手続をとらざるを得ません。会社の資産の多くは、銀行からの多額の借入金の返済に充てられるため、取引先は売掛金をほとんど回収できず、連鎖倒産となる可能性もあります。また、従業員も突然、仕事を失うことになります。
太田社長:債務超過に陥る前に会社をたたんだ場合には、どうなるのでしょうか。
賛多弁護士:運転資金にまだ余力があるうちであれば、取引先や従業員に対しては、たとえば、「半年後に廃業をする」というように前もって廃業の予定を伝えることができます。取引先との間では、いつまで取引を継続するのか、また、どのように取引を縮小させていくかを話し合うことができます。また、取引先との取引の縮小に応じて従業員を計画的に整理することもできますが、従業員としても前もって廃業の予定を知ることで早期に転職活動を進めることができます。
太田社長:なるほど、ある日、会社が当然、破産することと比べると、取引先も従業員も十分に廃業に向けた準備ができるという点で、その影響を小さくすることができますね。
賛多弁護士:そのとおりです。また、資金に余力があるうちであれば、従業員に退職金を支払うことができますし、経営者自身にも退職金を支払うことも考えられます。
太田社長:債務超過に陥る前に会社をたたむ場合には、どのような手続が必要になるのでしょうか。
賛多弁護士:前もって取引先や従業員に廃業の予定を伝えた上で、会社法の定める「通常清算」の手続をとることになります。
太田社長:通常清算の手続はどのように進められるのでしょうか。
賛多弁護士:通常清算の手続は、株主総会の特別決議で解散の決議を得ることから始まります。会社は売掛金の回収、不動産の売却などを進め、会社の資産を資金に換えます。また、取引先や従業員などの債権者への支払いも済ませます。その上で残った残余財産は、株主に分配されます。そして、清算結了の登記をすることで会社という法人格が消滅します。
太田社長:残った残余財産は、株主に分配されるというのは大きいですね。経営者の多くは、株主でもありますから、退職金や残余財産の分配によって得た資金を元手として、新しい生活を始めるということもできますね。
賛多弁護士:はい、債務超過となった場合には、負債のほうが資産よりも大きいので、当然ながらこのような株主、経営者への残余財産の分配もありません。また、債務超過となって、破産手続となった場合、中小企業の経営者の多くは会社の借入金について個人保証をしていますので、経営者個人としても破産せざるを得ません。
太田社長:なるほど、債務超過になる前となった後では、取引先、従業員、また、経営者自身に与える影響も全く違いますね。経営者としては、「廃業になれば取引先にも従業員にも大きな迷惑がかかる」と考えて、なかなか最後まで決断できないものです。しかし、運転資金にまだ余力があるうちにその決断をすることで、取引先、従業員に与える影響を小さくすることができますし、経営者自身も再出発することが容易になりますね。
賛多弁護士:「廃業」というと、どうしてもマイナスなイメージがつきまといますが、会社を上手にたたんで、円満に廃業をすることも経営者の大事な仕事ではないかと思います。
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新型コロナウイルス感染症の拡大により、多くの業種で売上が激減しています。赤字が継続し、債務超過となれば、会社は、基本的には裁判所に破産の申立てをすることになります。この場合、裁判所の選任した破産管財人が破産法に基づいて手続を進めますが、取引先、従業員、そして、経営者自身にも大きな影響が生じます。
他方で、債務超過になる前であれば、会社は、会社法に基づいて、自ら通常清算の手続により、廃業を進めることができます。裁判所や破産管財人といった第三者が関与しない分、取引先にも従業員にも個別に柔軟な対応をすることができ、円満な廃業につながります。また資金に余力があるうちに早めに会社をたたむことで取引先や従業員への影響を小さくし、経営者自身の再出発も可能にします。もっとも、取引先や従業員といった関係者への説明や利害調整、会社法の定める通常清算の手続を経営者自らが進めるのは難しい点もありますので、弁護士などの専門家に助力を仰ぐことも視野に入れるべきでしょう。
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 山田 重則