最近、よく耳にするIT用語のひとつが「メタバース」。ゲームなどで使われている技術であることは何となく知っているが、仕事や生活などにどうかかわっていくのか今一つ分からないという人は少なくないでしょう。
そこで、そもそもメタバースとは何か、メタバースによって何が変わるのか、中小企業の備えはどうあるべきかなどについて、メタバースの世界的なトップ企業の一つクラスター株式会社の取締役COO成田暁彦さんにお伺いしました。
●メタバースの世界市場でトップを走るクラスター
――御社は、メタバースの世界市場のトップ企業と言われていますが、メタバースの世界にもいろいろな分野があるようです。まずは、御社の強みから教えてください。
弊社クラスターが世界一であるポイントは二つあります。まず一つ目は、2018年、世界で初めてバーチャル音楽ライブを開催した会社であるということです。バーチャル空間にライブハウスをつくり、そこで人気VTuber(バーチャルYouTuber=アバターを使ったYouTuber)であり、ソニー・ミュージック所属のミュージシャンである輝夜月(カグヤルナ)さんのライブを行ったのです。観客はVRデバイスをつけて参加。本当に会場にいるような臨場感を味わってもらいました。
二つ目はイベント数の多さですね。ポケモンの期間限定遊園地や大阪関西万博に合わせたヴァーチャル大阪をはじめ、法人様に対しては、年間150本から200本くらいのイベントを実施しています。さらに一般ユーザーが実施するイベントを加えれば、弊社のメタバースのプラットフォーム上では、年間2000本くらいのイベントが実施されています。この数は世界一と言っていいと思います。
――同時接続の数も多いと伺っていますが。
はい。このようなメタバースのサービスは、大人数が同時に同じ空間にアクセスできるサービスが必要になります。現在、弊社では10万人が同時接続できます。しかもPC、スマートフォン、VRなど全てのデバイスで同じ空間に入れます。さらに、YouTubeのように、誰でも好きなコンテンツ、自分でデザインしたアバターなどを投稿して遊ぶことも可能です。このようなコンテンツをUGC(User Generated Contents=ユーザー生成コンテンツ)といいますが、メタバースのUGCプラットフォームの規模では現状弊社が国内No.1であると自負しています。
●そもそもメタバースとは何か
――メタバースを取り巻く技術やサービスは複雑そうですが、まずは、どこから理解すればいいでしょうか。
すごく単純に理解すればいいと思います。NFT(非代替性トークン)やWeb3など、いろんなワードがでてきて、理解を難しくているかもしれませんが、私たちは、そうしたものはメタバースに必ず必要なものだとは考えていません。インターネット上の3D空間にアバターという身体性を持ち込んで、いろいろな人が相互に分け隔てなくコミュニケーションがとれ、かつ、その空間が永続的に存在している。このように理解するのがシンプルで分かりやすいと思います。
――メタバースが注目されるようになったきっかけは何でしょうか。
メタバース自体は、何十年も前からある言葉ですが、話題になったきっかけは、2021年8月からfacebookがmeta社に社名変更したことでしょう。一方、メタバースの意味がちゃんと理解された上で注目されているかといえば、ちょっと怪しいかもしれません。
●メタバースが可能にする3つの制約からの解放
――メタバースによって、私たちは何ができるようになるのでしょうか。
自分の身体的な制約、時間や距離といった物理的な制約、能力的な制約を超えて好きなことができるという3つの特徴が分かりやすいと思います。
たとえば、誰でもこうなりたい自分というものをもっているでしょう。アバターを使うことで、美しい自分とか、女性のメンタリティを持った男性が女性にとか、動物として暮らすとか、身体的な制約を取っ払ったところで生活できるようになるわけです。
また、仮にメタバースの空間上であれば、物理的な移動や時間の制約がなくなります。おじいちゃん、おばあちゃん、四肢に障害を抱えていたとしても、子供たちやお孫さんたちと一緒にメタバース空間上で出かけたり、コミュニケーションをとることが可能です。
――能力的な制約には、どんなことが含まれますか。
運動能力で考えるのが分かりやすいでしょう。たとえば、私たちは東京オリンピックの開会式の前夜、メタバース上にオフィシャルの新国立競技場をつくりました。そこに遊びに行けば、100メートルを9秒台で走ったり、棒高跳びでどのくらい高く飛ぶのかなどが体感できる。
このように、実際にはありえないようなことが、メタバースの空間の中では実現できるのです。
●世界が狙うメタバースのマーケット
――メタバースへの取組みは、日本は遅れているのでしょうか。それとも進んでいるのでしょうか。
ある部分では進んでいて、ある部分では遅れていると考えています。日本はコンテンツに強い国なので、ゲームをつくったり、VTuberの音楽ライブをつくったり、そうしたところに強みがあります。それに対して、世界の主戦場は、先ほど申し上げたUGCのプラットフォーム。ユーザーがクリエーターとして、自分のコンテンツやアバターをアップできるメタバースのプラットフォームです。meta社(旧:facebook)も、この市場を狙っています。
ゲームに特化したROBLOXという会社が運営しているプラットフォームでは、毎日4800万人くらい、月間で3億~3億5000万人くらいの人が遊びにやってきています。その中でアバターやゲームの売買も行われており、年間870億円から880億円くらいのお金が流通しています。このように、マーケットサイズとしては、コンテンツよりも、明らかにプラットフォームの方が大きい。プラットフォームというところの競争では、日本は遅れているのかなと思います。
――マーケット的には、プラットフォームを制することが重要なのですね。
スマートフォンが顕著ですが、ゲームなど、すべてのアプリコンテンツは、AppleのiOSやGoogleのAndroidといったプラットフォームに載っており、基本的には手数料が、そこに落ちるというビジネスモデルです。
スマートフォンのように、この上にコンテンツを乗せるしかないといった基幹部分を担ったプラットフォーム作りが重要になってくるはずです。将来は、一部のコンテンツに特化した沢山の支流のようなプラットフォームとYouTubeのような誰でも参加できる王道のようなプラットフォームが出てくると思います。弊社では、王道のプラットフォームを目指してがんばっているところです。
――メタバースに対して進んでいる業界、遅れている業界を教えてください。
まず、人に見せるものがあると、親和性が高くなります。様々なキャラクターやアイドル、IPなどキャラクターがいるエンタメ業界はメタバースに入りやすい業界だといえるでしょう。また、危険が伴うシミュレーションも適しています。パイロットの飛行訓練や医者の手術の訓練などは、その例でしょう。一方、DX推進も加わり、現在は、どの企業もデジタル化が急速に進んでいます。その流れで、最近は、メタバースのプラットフォーム上に会場を設けて、そこで、全国から社員が集まる社員総会や新卒向けの会社説明会、入社式、表彰式、株主報告会などを開催するといった例も増えています。どの業界も横一線という感じですね。
――いずれは全てのことがメタバースで体験できるようになるのでしょうか。
向いてるもの、向いてないものがあります。たとえば販売を考えてみましょう。メタバースは視覚で体験が拡張されることが特徴ですが、それに該当しない商品がけっこうあります。たとえば、ミネラルウォーターで考えてみましょう。コンビニでも薬局でもネット通販でも売っていて、Amazonなどで1クリックで簡単に購入する事ができます。それをわざわざゴーグルをつけて、メタバースの世界に入り込んで買う必要性はありません。
もちろん、将来、寝る時と入浴時以外はゴーグルをつけているといった時代がくれば別ですが、現状では、わざわざメタバースの空間で買い物する必要性は乏しいものは少なくありません。一方、購入により近い体験をすることでより多くの情報を得られる購入品、試着や、試乗などの必要があるものはメタバース空間によって体験を加速させる事が可能です。メタバースに取り組む前に、メタバースの空間でやる必要があるのかどうかは、きちんと考えるべきでしょう。
●中小企業が今から取り組むべきこと
――今後は中小企業もメタバースに取り組んでいく必要があると思いますが、どんな点に気を付けるべきでしょうか。
メタバースに取り組んでいくためのポイントとして、いつも4つのことを申し上げています。一つは、前述したミネラルウォーター同様、視覚で体験が拡張されないことはやらない。たとえば、講演者の話をただ聞くだけといったセミナーやただ見物するだけのイベントなどは、集まるという体験や、物理距離をショートカットできるというメリットはありますが、そのイベント自体にはヴァーチャル化したメリットを享受しづらいと考えます。
二つ目は身体性があること。身体性を持つことで話者に近付いて話を聞いたり、イベントで紹介された商品をじっくり見たり、周辺の人とコミュニケ―ションをとったりできるようになり、視覚で体験が拡張されていきます。
三つ目が継続利用を前提に施策を考えるということです。バーチャルのオフィスや展示会場、セミナールームなどをメタバースの空間に一度作成すれば、それはずっと使えます。毎年のように設備を拡張していくといったやり方もあります。ですから、スポット的なイベントでも、設備は何年も使うことを前提に考えた方がいいでしょう。
そして、何よりも重要なのは、まずは自分でやってみること。それが「cluster」だったら嬉しいですが、そうではなくとも「どうぶつの森」「フォートナイト」をはじめ、いろいろなメタバース的なゲームも出ているので、お子さんやお孫さん、お友達などと3時間くらいどっぷりとメタバースの世界につかってみる。これを、ぜひ一度体験してみてください。(聞き手/カデナクリエイト 竹内三保子)
成田 暁彦(なりた あきひこ)
株式会社クラスター取締役COO。新卒で株式会社サイバーエージェントへ入社し12年半在籍。ネット広告営業を経験後、新規事業(子会社)立ち上げ2社を経験。その後、株式会社CyberZ(子会社)で広告部門の営業統括及び、企画マーケ部門、海外支社(SF/KR/TW)の責任者を兼務。2019年10月より当社に参画し、ビジネス、アライアンス、マーケティング全般を管掌。2020年9月より取締役就任。