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- 第59回 『偏屈のすすめ。』 (著・フランソワ-ポール・ジュルヌ)
日本に限らず、世界中に優れた無名の企業があります。
有名になり、手広く展開していきたいという野心を持つ社長もいれば、
その逆に、自分のやりたいことだけをやって
特定の顧客だけに愛されればそれで十分、と考える社長もいます。
スイスにある時計メーカー『F.P.ジュルヌ』は、
まさに知る人ぞ知る無名の存在ながら、
世界中に根強いファンを持つ中小企業。
スイス本社に社員が約100人、
そして世界10都市に直営店があります。
年間に売る時計の数は、わずか850本。
日本では高級時計店が並ぶ銀座ではなく、
青山に店を構えています。
販売本数も、出店する場所も
時計師であると同時に、経営者でもあるジュルヌ氏の考えによるもの。
大企業の傘下であったり、援助を受けている有名時計メーカーが多い中、
独立自営の道を貫いています。
まさしく自らの哲学を持つ経営者で、
販売本数をこれ以上増やすつもりは全くなく、
しかも「百貨店では売りたくない」という。
2016年の最後に紹介する一冊は、
そんなジュルヌ氏による
『偏屈のすすめ。』
です。
本書は、新作発表の場ですら多くを語らないジュルヌ氏が
日本人のために語り下ろした初の著書。
ジュルヌ氏の経営哲学や人生観が序文に非常に色濃く表れていますので
以下、引用します。
「わたしはF.P.ジュルヌを誰もが知るブランドに育てたいとは思っていない。
わたしが望むことは、自分が理想とする時計を"誰にも邪魔されることなく"
作り続けるだけ。そのためには、わたし自身の目が十分に行き届く
今くらいの規模がちょうどいい。
そしてわたしが作る時計の価値をわかってくれる顧客の顔が見える範囲で販売し、
わたしの理想を分かち合うことができれば、それで十分満足なのだ。」
さらに
「"ブランドを大きくしない"に共通しているのだが、
お金を過剰に儲けようとも思っていない。
なぜなら、大きな利潤を生むには、自分の意にそぐわない時計を
作らなくてはならないから。
マーケティングやら、流行やらを取り入れて、理想とは違った時計を作るくらいなら、
わたしは時計師をキッパリやめる。
理想を追い求められなくなったら、わたしが時計師である意味はないのだから。
わたしにとって時計製作とは、仕事であって、仕事ではない。
自分自身の表現であり、人生そのものなのだ」
仕事を人生そのもの、と考えている経営者は多いですし、
非常に響くものがあると思います。
そして、本書を出すようになったキッカケも興味深いです。
「仕事を通じて出会った日本のビジネスマン像を思い浮かべてみると、
もしかしたら「理想の時計だけを作る」というわたしの揺るがぬ信念は、
何か日本人に訴えかけられるものがあるのではないか」
ジュルヌ氏の経営方針、リーダーシップを通じて
日本人に足りない部分や長所を感じ取れるのも本書の魅力といえます。
ジュルヌ氏の経営哲学は、万人受けするものではないと思いますが、
響く人には、はてしなく響くはず!
年末年始のこの機会にぜひオススメします。
尚、本書を読む際に、おすすめの音楽は
『ブルックナー:交響曲第8番(1990年東京ライヴ)』(セルジュ・チェリビダッケ指揮)
です。
ブルックナー:交響曲第8番(1990年東京ライヴ)/amazonへ
一癖も二癖もある人材揃いのクラシック界において、
特に強いこだわりを持つことで知られるマエストロの音楽とともに、
ぜひ合せてお楽しみください。
では、また次回。