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逆転の発想(48) 負けいくさからは素早く撤退する(松下幸之助)

指導者たる者かくあるべし

 ミスへの対処で人は判断される
 またまた米大統領選挙後の混乱の話をする。米大統領のトランプはいまだ大統領選挙での敗北を認めず、裁判闘争に固執している。「民主党・バイデン候補側による不正選挙」という主張の根拠は示されず、全米各地で起こした訴訟は次々と斥けられている。
 
 それでもツイッター発信を通じてバイデン側の不正を訴え続けている。強固なトランプ支持者の間では彼が発信し続ける主張を盲信し支持する声も強いが、共和党内では離反が相次ぎ、時がたつにつれてトランプは追いつめられている。
 
 4年後に再出馬するための陣営引き締めの戦略だとの説も囁かれるが、敗北を認めない姿勢によって陣営の結束も緩みつつある。かたくなな敗北拒否の姿勢はかえって自らの再起の芽を摘み政治生命を危機に追い込んでいる。
 
 人、組織に敗北、失敗はつきものである。世間は敗北、失敗という結果だけで人と組織を評価するのではない。ミスにどう対処したかを評価するのだ。危機管理の〈いろはのい〉である。それを無視するトランプ流は自ら墓穴を掘っている。言わずもがなだが、敗北、失敗、ミスへの対応は、遅れれば遅れるほど傷を深くするだけである。
 
 「もうこれ売れんのやろ」
 松下電器(現パナソニック)創業者で“経営の神様”と呼ばれた松下幸之助は、自らの経営判断における失敗について「意の如く、事が運ばないことを失敗というのなら、それは今までにずいぶんあった。しかし、私はいつも禍転じて福とするようにしているので、その意味では失敗をしたことはない」と語っている。
 
 松下幸之助には、失敗への素早い対応を見せた見事なエピソードがある。1960年代、電機メーカーは次々と電卓市場に参入していた。今でこそ百円ショップにも並ぶ電卓だが、当時は一台数万円もする高級商品で松下通信工業も遅れて1969年に市場に参入する。
 
 しかし、松下製品はまったく売れず在庫の山を抱えていた。各社が小型軽量化競争を展開する中で、松下のそれは一まわりも二まわりも大きかった。ある年のクリスマスイブに経営会議が開かれ、電卓部門は最後まで残された。電卓事業部長は、冷や汗をかきながら、在庫一掃計画の説明を始めた。じっと聞き終わった幸之助は、最後に事業部長に聞いた。
 
 「きみ、もうこれ売れんのやろ?」
 
 無言の事業部長に幸之助はたたみかける。「(時代はもう)人力車が自動車に変わったようなもんや。無理して売ったかてお客さんに迷惑をかけるだけやないか。しゃあないな、全部捨てい。よう捨てられんかったら、わしが買うたるわ」
 
 人の意見を素直に聞く
 撤退の決断は素早かった。会議が終わって幸之助はニコニコしながらひとこと言った。「みんな、さっぱりしたやろ」。誰も自分が任された分野の失敗は認めたくないものだ。なんとか失敗を糊塗しようとこだわっていると無駄な人材を投入し資金をドブに捨てることになる。傷は浅いうちに治すに限る。そして決断の責任はリーダーが引き受ける。その意思を「捨てられんかったら、わしが買うたるわ」との言葉で表したのだ。
 
 幸之助は、人の意見をよく聞いた。そのコツについてこう言う。
 
〈ぼくは誰の言うことでも一応素直に聞く。いいなと思ったら素直に取り入れて実行する。人の意見を聞くときは、虚心になって、私心をなくして、素直な気持ちで聞くことや〉
 
 新製品の開発に取りかかるときは、担当者に必ずこう聞いたと言う。「それは何をするものや?」。明確な回答が返ってこなければ却下した。スバリ納得できる答えが返ってきたら「やってみたらええ」。
 
 さてトランプ。だれの眼にも明らかな敗北を認められず自己破綻の道を突き進むのは、ずばり事実を指摘できる真の側近を持たないからである。自分と意見の合わないものは、国務長官であれ国防長官であれ、補佐官であれ、容赦なく首を斬ってきた。不動産事業経営者時代から、「自分の意見だけが正しい」を信条としてきた。
 
 人の意見を聞かずに成功体験を積み重ねてきたこの手の恐怖統治型ワンマンリーダーの末路はあまりにわびしい。
 
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
 
 
※参考文献
『リーダーになる人に知っておいてほしいこと』松下幸之助述 P H P研究所
『なぜかミスをしない人の思考法』中尾政之著 三笠書房

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