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逆転の発想(49) 失脚は前進への足掛かり(鄧小平)

指導者たる者かくあるべし

 不倒翁
 現在の中国を経済、政治的に米国と肩を並べる大国に押し上げた最大の功労者が、鄧小平であることに異論を挟む余地はないだろう。彼が主導した改革開放路線が瞬く間に世界第二位の経済大国を築いた。
 
 結党以来、中国共産党は何度も激しい路線闘争を繰り広げてきた。その中で、鄧は、1933年、1966年、1976年の三度にわたり失脚の憂き目を見る。しかし、その都度、不死鳥のように蘇って党の要職を占めたのは彼しかいない。まさに“不倒翁”の異名にふさわしいしぶとさを見せてきた。
 
 排除されるたびに、屈服の恥をしのんで権力者に詫び状を入れつつも政治信念は曲げず、闘争過程で不利から形勢逆転を繰り返す姿は執念ともいえる。
 
 軟禁生活を復活の糧とす
 二度目の失脚は最も危機的だった。国家主席の劉少奇(りゅう・しょうき)打倒に動く党主席の毛沢東は、紅衛兵を動員した文化大革命を発動し、実務派の排除に乗り出す。周恩来国務院総理の腹心として総理代理を務めていた鄧は、かつて農業生産性の向上を目指して「黒い猫でも白い猫でもネズミを獲る猫はいい猫だ」と農民が収穫を自由に売買できる私有の自留地を認める発言したことが、毛沢東の農業政策の失敗をなじったものとして問題となり、「走資派(資本主義の手先)」として北京市内で軟禁された後、江西省の片田舎に追放幽閉され、外界との接触を断たれる。
 
 軟禁幽閉は7年に及んだが、この間、鄧は妻と庭での農業、トラクター工場での労働にいそしみ、読書に時間を費やした。失脚期間に英気を養い復活の時を待つ。毛沢東と良好な関係を維持していた周恩来から、毛が腹心ナンバー2の林彪(りんぴょう)の裏切りに遭い、弱気になっていることを知った鄧は、毛沢東に詫び状を書く。自らの路線上の誤りを自己批判し、「どんな小さな仕事でも党のために働く」と書いた。
 
 そうは書いたけれど、追放中の思索で、左傾化する毛の経済理論では中国の将来はないとの信念はますます確固としたものとなっていた。詫び状は政治復活のための方便であった。1973年4月には副総理として復活し、軍の掌握に焦る毛の引きで総参謀長に就任した。
 
 翌年12月には、周とともに、「四つの近代化」(工業、農業、国防、科学技術の近代化)路線を決定した。毛沢東のイデオロギー重視の精神主義からの決別である。その後の改革開放路線の方向づけがここでなされた。
 
 長期ビジョンと信念
 後ろ盾の周が死去(1976年1月)すると、実務派から権力奪還を企図する毛沢東夫人の江青らが、周路線を厳しく批判し、鄧を再び軟禁し肩書きを奪う。しかし鄧は復活を確信していた。市民たちが立ち上がったのだ。
 
 江青らが周批判のトーンを強めれば強めるほど、天安門広場には周を哀悼する花環を持った市民らが詰めかけた。その数二百万人。その排除に毛、江は軍を動員し、数万人が虐殺されたとされる。1989年6月の民主化弾圧の天安門事件の陰に隠れているが、これが第一次の天安門事件である。同年10月に毛が死去し、江青ら四人組は逮捕され“クーデター”は幻に終わった。
 
 軟禁中の鄧は、毛の指名で国家主席についた華国鋒(か・こくほう)に手紙を書いた。華にとって鄧はなんとしても消し去りたい邪魔者であった。そこへあえて手紙を書く。
 
 「華国鋒体制を全力で擁護する。あなたは毛沢東の理想の後継者である。四人組が逮捕され、私は思わず華主席万歳、万歳、万々歳と叫んだ」と。
 
 腹にもない鼻白むほどの文言だが、カリスマ性もなく政権の安定しない華は、1人でも敵は少ない方がいい。コロリと参った。即時復活は認めなかったが、軟禁を解いてしまう。
 
 中国には、老荘の説く「人生の屈伸哲学」と言うものがある。尺取虫が体を屈めては伸ばして一歩ずつ前進するように、〈苦難の時には屈辱に耐え、やがて伸びるための準備にあてよ〉という人生哲学である。
 
 辛い時に諦めてしまうか、チャンスと見て耐えるか、結果は天と地ほどの差が生まれる。恐るべし鄧小平。
 
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
 
 
※参考文献
 
『鄧小平伝』寒山碧著 伊藤潔訳編 中公新書
『現代中国の父 鄧小平』エズラ・F・フォーゲル著 増尾千佐子、杉本隆訳 日本経済新聞出版社

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