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逆転の発想(4) 定跡(じょうせき)にとらわれるな(羽生善治、野村克也)

指導者たる者かくあるべし

 定跡は万能ではない
 将棋界に一時代を画した羽生善治は「定跡は万能ではない」と言う。
 
 将棋の世界において「定跡」は必須の知識であることは間違いない。まずは定跡を学ぶことから将棋修業は始まる。
 
 「個人のアイディアは限られている。何かをベースにして、あるいはきっかけにしてこそ新しい考えがいろいろ浮かぶ」。その「何か」が定跡というわけだ。
 
 彼によれば、「定跡は、目的地へ向かう地図のようなもの」で、「よく整備されているから、その気になれば誰でも手に入る」が、「ただ覚えただけでは役に立たない」ものだそうだ。
 
 自らのアイディアや判断を付け加えることで初めて、個性、独自性、強さといった価値が出てくる、と言う羽生は、「単に知識として得るのではなく、知恵に変えるべきだ」と強調する。
 
 彼が話す「知恵」とは、「ひとつの場面で正確な判断を下し、問題を解決するためのツボを見出すこと」に尽きる。その目的に沿わない単なる知識の蓄積だけでは、何ものも生まれない。
 
 本当に頭のいい人は脳内スイッチを切り替える
「独創性がないと将棋は指せない」と持論を展開する羽生は、真の「頭の良さ」とは何かと考える。世間では、記憶力の良さ、つまり知識の多さにばかり目が行き、学校教育もそこに偏重する。しかし、知識は独創性と相反する。羽生によれば、「将棋の世界においては、はっきりとした答えが出ないものについて考え続ける能力」が知恵だ。それが独創性につながるのだと言う。
 
 独創的で天才肌のこの将棋指しは、学校で教える基礎知識を嫌った。将棋でも、アマチュア時代は、データの蓄積、研究に関心を持たず、実戦の場ですべての手を一から考えていたという。その結果、常に序盤で相手にリードを許し、徐々に相手に追いついてしのぐ苦しい将棋だったと振り返っている。
 
 そんな羽生がプロになって、序盤のデータの研究をはじめて一年、独創性とデータがようやく噛み合って、「ステップアップの実感が伴うようになった」。
 
 その結果、彼が導き出した結論は、
 
 〈「考える」という作業の中で「覚える」というスイッチと「発想する」というスイッチをパッパと切り替えることが必要だ〉
 
 どちらかにこだわらない。アイディアというのは、その切り替え作業から生まれる。
 
 蓄積されたデータとカン
 「定跡(データの蓄積)と「ひらめき」(独創性)の関係について、プロ野球の名捕手、名監督だった野村克也も同じようなことを語っている。
 
 野村というと、ガチガチのデータ野球信奉者だと世間では見られている。確かに彼自身、「力が拮抗している場合、データの収集と活用など、技術的なもの以外の相手から見えない力に支えられている方が勝つ」と力説する。
 
 だが、その野村でも監督時代、ひと試合に一度や二度は、ひらめきやカンで決断し采配したと回想する。
 
 データではここはバントが常道だが、ヒッティングに切り替えるとか、まだまだ球威十分の投手を「打たれる」と直感して交代を命じたこともあるという。不思議にそのカンは当たったという。そのカンとは、単なる思いつきではなく、「咀嚼して無意識のレベルにまでしみ込んでいるデータが、何らかの回路でつながり浮かび上がってくるのがカンではないか」と自ら分析し結論する。
 
 〈確かなデータが蓄えられているほど、ひらめきやカンの精度は上がる。それが勝負でものをいう〉
 
 定跡は大事だが、それにこだわっていては勝てない。これが野村データ野球の真髄だ。
 
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
 
 
※参考文献
『捨てる力』羽生善治著 PHP文庫
『羽生善治 闘う頭脳』羽生善治著 文春文庫
『最強の組織をつくる 野村メソッド』野村克也著 彩図社

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