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挑戦の決断(50) 仏教中心の国家づくり(蘇我馬子)

指導者たる者かくあるべし

法興寺の創建

 歴史を振り返ると、日本というこの国の形は、折々に大きく統治形態を変えてきた。古代において劇的に変革が行われたのは、事実上の国教として仏教が受容された6世紀末から7世紀の初めにかけての推古朝のことだった。その動きの中心は摂政として天皇を支えた聖徳太子と、外戚の大臣(おとど)として国政を動かした蘇我馬子(そが・うまこ)である。
 古代の都が置かれた飛鳥(あすか=現・明日香村)の地に通称飛鳥寺、安居院(あごいん)という寺がある。現在では小さな本堂に飛鳥時代の巨大な金銅製の釈迦像を祀る小さな寺であるが、発掘調査の結果、創建当初は一つの塔を囲むように三つの金堂が配置された一大伽藍であったことがわかった。
 日本書記によれば、崇峻(すしゅん)天皇元年(588年)、同地に法興寺が着工されたことが記されている。538年に百済からわが国に仏教が伝えられてから50年にして初めて建てられた本格的な仏教寺院がこの法興寺なのである。法興寺は蘇我氏の氏寺的な性格が強いが、伽藍の大きさからして事実上の国家的事業であったことは間違いない。
 当時、蘇我馬子は、仏教の受け入れをめぐって対立した物部守屋(もののべ・もりや)を聖徳太子と協力して滅ぼしたものの、政情は安定しなかった。馬子は、天皇を中心とした体制のもとに豪族を結束させて国をまとめることで動いていた。その結束イデオロギーとして仏教を据えることにしたのである。

国際情勢

 馬子が強力な統一国家体制づくりに動いた背景には激動する東アジア情勢に対する危機感があった。587年には、西晋が滅んで以来、分裂を繰り返していた中国で300年ぶりの統一国家である隋が出現し、朝鮮半島北部の高句麗に侵攻をはじめていた。
 外交に通じた蘇我氏の総帥として、馬子はいち早く危機管理に乗り出した。隋はようやく中国統一を成し遂げた後、結束イデオロギーとして仏教を復興している。朝鮮半島でも高句麗、百済は仏教を政治文化の中心として重視している。東アジア世界の価値観のグローバルスタンダードとしての仏教は外交ツールとしても無視できない存在となりつつあった。
 馬子は法興寺の創建に当たって、先進地の百済から寺院建築の専門家、僧侶を招いている。発掘調査でわかった法興寺の伽藍配置が高句麗様式であることから、高句麗からも技術導入したことはうかがわれる。また、馬子は姪にあたる推古天皇を通じて「三宝(仏教)興隆」の詔を発出させた。聖徳太子とはかって推古15年(607年)に送った遣隋使に、こう言わせている。
 「海西の菩薩天子(隋の文帝)は重ねて仏法を興されたと聞いております。よってここに使節を送った次第です」。そして大量の留学僧を隋に送った。まさに仏教をテコに日中友好を固めにかかっている。安全保障外交だ。今の日本が米国とのあいだで「自由と民主主義」を共通の理念として安全保障協力を強化しようとする姿勢と同じだ。馬子は古代においてなんとも巧みな対大国外交を展開したのだ。

蘇我氏評価の意図的格下げ

 馬子が626年に没した後も、蘇我氏は蝦夷(えみし)、入鹿(いるか)と代を継いで対外政策を担い、対中国(618年からは唐王朝)、朝鮮三国との等距離外交を進めるが645年に中大兄皇子(のちの天智天皇)のクーデターが起きるや、その評価は一転し地に落ちてしまう。クーデターで殺された蝦夷、入鹿が「天皇にとって代わろうとした」との汚名を着せられたのみならず、馬子も〈仏教興隆に名を借りて神への崇敬をないがしろにし、皇室の権力を簒奪した悪豪族〉のイメージが形作られてゆく。
 わが国古代の仏教興隆の功績も全て、馬子の政治パートナーであった聖徳太子のものとされ、太子のイメージは神にまで高められていく。しかし馬子が創建した「法興寺」と、聖徳太子が建てた「法隆寺」、二つの寺名を合わせると「仏法興隆」となる。まさにこの国の形を整えたのは二人の共同作業であった。
 法隆寺は世界最古の木造建築としてその名は世界に轟いている。法興寺は、平城遷都で移築されて現在も奈良市内に元興寺としてある。その屋根には今も、馬子創建時の飛鳥時代の瓦が一部ながら残り、蘇我氏の功績を語りかけている。

 「挑戦の決断」のシリーズは今回で終了し、年明けからは新シリーズが始まります。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

 

※参考文献
『日本の歴史2 古代国家の成立』直木孝次郎著 中公文庫
『聖徳太子―ほんとうの姿を求めて』東野治之著 岩波ジュニア新書

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