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『貞観政要』の教訓(4) 人材登用の悩みは尽きず

指導者たる者かくあるべし

 天下泰平は人材登用による

 隋末の混乱を収めて唐帝国の礎を築いた太宗(たいそう)だったが、まず突き当たったのが人材登用問題だった。側近には、天下取りの戦いを通じて才能あるものを集めた自信はある。しかし中国は広い。地方官にしっかりした人材がそろわなければ、中央政府の命令も意向も人民に行き渡らない。それが隋末の人民の大乱につながったのは、つい先頃の教訓だ。
 治世当初の貞観元年、太宗は側近たちを集めて訓示した。
 「政治の根本は、人材の才能を精査して適職を与えることだ。しかし、数が多ければいいというものではない。官僚は能力があるものを雇え。いくら官僚ポストだけを用意しても、ふさわしい人物が手に入らなければ、絵に描いた餅のようなものだ。『千匹の羊の毛皮も、一匹の狐の腋(わき)の皮の素晴らしさにはかなわない』と言うではないか。役人の数を減らし、適材適所を心がけるように」
 少数精鋭の人材採用方針を掲げたが、必要な文武官僚の数を試算させると640人に上った。中国全土を治めるのは、大事業なのだ。太宗は側近たちに、俊才を見抜く人材登用官に値する賢人をまず推薦するように命じたが、はかばかしくない。

 人材はいつの時代にもいる

 太宗がイメージした賢人とは、「まず隗より始めよ」の故事で有名な、戦国時代の燕国の昭王に仕えた郭隗(かく・かい)のような人物だ。郭隗は、王から人材を集めるコツを問われ、「まず私を雇いなさい。そうすれば、四方から噂を聞きつけた才能が自然とあるまるでしょう」と答えた賢人だ。人は人を呼ぶ。まず、その呼び水に当たる人物を採用せよと命じたのだが・・・。
 太宗は側近部署である尚書省の副長官を呼び出して問いただす。「賢人の推挙を命じたのに、未だ一人も名前が上がってこない。どうしたわけか」。副長官は答える。「サボっている訳ではありませんが、近ごろずば抜けた才能の持ち主が見当たりません」。
 側近たちにしてみれば、下手な人物を推薦しては、太宗の怒りを買う。優秀な人材を見つけ出してしまっては、自らの地位が危うくなる。それならば、いっそやり過ごそうと、知らぬ存ぜぬを決め込む。安定期の組織の人事は、こうした弊害に悩むものだ。
 太宗は、叱りつける。「人材はいつの時代にもいる。ぐずぐずしていては有能な者を取り逃してしまうぞ」

 人格を見抜く難しさ

 太宗は、官僚の選抜試験を実施し、ようやく年に数千人の合格者を採用するようになった。しかし太宗には不満が溜まる。難関の試験をくぐり抜けて、優秀だが、役に立たない人材が採用されてくる。人材登用試験についていつの時代にも経験する点数至上主義の弊害である。人事部門の長官を問い詰める。
 「このごろの官吏採用のやり方を見ると、ただうわべの話しぶりや文才だけを評価の基準にしていて、その人物の人となりというものを考慮していない。採用して数年後にその役人の悪事が明るみに出たら、刑罰を与えたとしても、人民が被った弊害は取り返せない。改革案はないか」
 長官は、「おっしゃる通り、試験での採用では、皆面接でうわべを繕いますから本当の人格を見抜けず、選抜官は、点数でランク分けするしかありません」と、試験選抜システムの限界を認めた。その上で、前漢、後漢の時代に効果的に運用された郷里人材推薦制度の復活を提案し、太宗もこれを採用することにした。
 ところが一方で、官吏に採用された既得権者の間から、役人身分の世襲の議論が持ち上がり、人材推薦制度の導入は立ち消えとなってしまった。
 人事採用問題は、いつの時代も悩ましいものだ。能力を見抜くことはもちろん、人格の正邪を見抜くとなるとさらに難しい。
 このシリーズで繰り返し登場する諫言人士の魏徴(ぎ・ちょう)は、太宗の問いにこう答えている。
 「人材を求めようとすれば、必ずその人の行いを詳しく審査する必要があります。善人だとわかって採用した者が大した仕事ができなくても、能力が足りなかっただけのことで、大した害にはなりません。しかし、誤って悪人を採用し、しかもその者に仕事の才能があった場合には極めて大きな害をもたらすでしょう。乱世にあってはそんな人物でも良いでしょうが、太平の世にあっては能力と人格をともに備えた人物を採用すべきですぞ」
 うーむ、才能と人格、乱世と太平の世の人材登用についての卓見。逆説的だが、どなたも経験に照らせば、うなってしまう意見ではある。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

 

※参考文献
『貞観政要 全訳注』呉兢著 石見清裕訳注 講談社学術文庫
『貞観政要』呉兢著 守屋洋訳 ちくま学芸文庫

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