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番外編 チームを変身させた岡田彰布の監督術(中)

指導者たる者かくあるべし

 不動の打線(勝つためには打順と守備位置を固定せよ)

 強いチームというものは、打順、守備位置が固定されているものだ。V9時代の巨人のメンバーは今でも思い浮かべることができる。岡田彰布(おかだ・あきのぶ)が監督を引き受けた阪神はまだ未完成のチームだったが、2月のキャンプ入りから岡田は不動のメンバー構築に腐心した。


 1番の近本、2番中野でチャンスを作り、4番大山、5番佐藤の大砲二人で得点する。この打線の狙いを安定させるのに岡田は、守備位置に大手術を施す。まず、新人以来遊撃手で使われて、守備に難があった中野を二塁手へコンバートする。大山と佐藤はそれぞれ三塁と一塁、外野を日替わりで使いまわされていたのを、大山を一塁に、佐藤を三塁に固定することで、三人ともに安心して打撃に専念できるようになった。


 二塁にコンバートされた中野は、9月28日現在、全試合、フルイニング出場を果たしており最終盤までリーグの最多安打を争うほどに成長した。中野が二塁にうつったことで、空いた遊撃に、シュアな打撃を誇る木浪が常時8番で出場できるようになり、下位打線で出塁して上位打線で返すという第二の得点パターンが定着する余録も生まれた。しかも木浪の打率が二割七分を超えても、岡田は、「彼は8番でええ、上位に打順を上げたりしない」と、打順を固定し、相手投手が上位打線を打ち取っても気を抜く隙を与えない。


 さらに効果はある。守備が安定し、阪神の二遊間併殺数はリーグトップとなった。


 限られた戦力で組織戦に挑むに際して、凡庸なリーダーは、往々にして器用なオールマイティを重宝してその都度、必要部門に注ぎ込もうとするが、それは愚。ある人材の特性を見抜いて固定した仕事に専念させる方が効果は高いことを岡田采配が示している。

 

 「6番ライトがおらん」(奮起の促し方)

 こうして綿密にメンバー固定策を組み立ててシーズン入りした岡田だが、5月に入っても、試合後の監督インタビューでぼやき続けた。


 「見てみぃ、うちには6番右翼がおらんのや、それが固まったらもっと勝てるんやが・・・」


 開幕戦では、新人の森下をそこに抜擢したが、打撃が振るわずにスタメン落ちし、5月9日までに、6番右翼は六人が目まぐるしく入れ替わる。ファームで好調な若手がいると聞くと一軍に上げて打たせてみるが、ダメだとなるとまた二軍へ落とす。これを繰り返した。シーズンはまだ序盤。期待の大物新人、森下を辛抱強く使う手もあったが、岡田は、一つだけポジションが空いていることを、メディアが報じることを見越してベンチを温める野手、二軍選手に示して競わせたのだ。オーダーが固定されるに越したことはないが、常勝時代の巨人、西武のように、それでは活躍の舞台がない控え選手の士気が失われる。今は勝てても、明日は、来年は、5年後は・・・チーム力はしぼんでいく。


 「6番右翼」を空席にしておくことで、岡田は若手選手たちの奮起を煽った。若手だけではない。代打起用の多かった助っ人のミエセスも、「俺も試合に出たい」と、若手に混じって「特打ち」(特別打撃練習)を志願するようになる。

 

 中軸打者の二軍落ち(愛のムチは早めに打て)

 愛のムチは、固定メンバーにも飛ぶ。開幕以来5番を任されてきた佐藤は6月、極度の不振に陥る。技術的なスランプだけではなく、覇気のなさを感じた岡田は、同月24日、DeNAとの首位攻防戦のさなかに二軍行きを命じる。


 「野球との付き合い方を見直して来い」


 二軍落ちの後、佐藤は明らかに変わった。勝負所の8月以降、打率は3割をはるかに超え、ホームラン10本を量産し、リーグ優勝に大きく貢献した。


 オールスター明け後、「優勝の見通し」を聞かれた岡田は言った。「まだ7月やないか。勝負は9月にやってくる」。


 勝負どきを見据えて、準備し、ポジション争いも愛のムチも、早め早めに打ってきた。優れた将は、その場しのぎの強化策は取らない。9月になって、打順、守備位置を細かくいじくるのは、ただの凡将である。 連勝で優勝を決めた最後の五試合、岡田阪神は、投手を除く野手8人のメンバーと打順は不動だった。開幕戦の先発メンバーから外れたのは、四球骨折で選手登録を外れざるを得なかった捕手の梅野ただ一人だ。

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