データ重視野球の創始者である元プロ野球監督、野村克也のモットーは、「人は叱られて育つ」である。ただし、やみくもには叱らない。
「とくに若手選手と接するときに大切なのは、絶対に結果論で叱らないことだ」という。野球に例をひくと、こういうことだ。
ある打者が三振した。もちろん、日ごろからデータ重視の野村野球で鍛えられているから、打者はカウントや得点差、投手の配給パターンなどを考えて打席に臨んでいる。結果としてヨミがはずれて見逃し三振したとしても、彼は叱らない。野村が叱るのは自力に頼って努力を怠る選手だ。
たとえばカーブを待っていたのにスレートが来て見逃し三振したのなら、球ヨミになにか問題があったのだ。「なぜ、カーブを待ったのか」を聞いて、根拠があれば、叱る必要はない。
その準備、努力を誉めた上で、「次はこう考えたらどうだ」とアドバイスした方が次の打席に繋がる。失敗が次の成功を生む。
三振という結果を叱ったのでは、選手は次から「三振だけはすまい」とマイナス思考となり、悪循環に陥るだけだ。
結果重視では何の蓄積ももたらさない。成功を目指す努力のプロセスこそ、成長を生む母だという。
しかし、努力が必ずしも結果につながるとは限らない。野村に言わせると、「努力の方向が間違えているからだ」となる。
楽天でその才能を野村に見出され、今や米大リーグ・ヤンキースで投手として大活躍の田中将大(たなか・まさひろ)にも、実は〈間違えた努力〉による、まわり道があった。
田中はプロ一年目の2007年、ストレートとスライダーを武器に11勝7敗の好成績で新人王を獲得した。さらなる成長を周囲は確信する。
明けて二年目の春季キャンプで、田中は目標を野村に告げた。「ストレートで空振り三振が取れるボールを投げたい」
「よし、やってみろ」と野村の許可を得て、努力の虫の田中は、スピードボールに磨きをかけに入った。その結果、フォームのバランスを崩し、スライダーの威力も半減してしまう。この年、田中はルーキーイヤーを下回る9勝7敗の不本意な成績に終わった。
「あの時、アドバイスすべきだったのは、〈まず理想のフォーム作りに専念しろ。そうすれば、自ずと空振り三振の取れるストレートの威力がついてくる〉だっただろう」
野村は後に、田中の足踏みをわびたという。
社員の努力を正しい方向に導く的確な助言ができるかが、リーダーに問われる。そのためにも、リーダー自身が、正しい努力の羅針盤を持っていることが大前提となるのだが。