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危機への対処術(24) 危機だからこそ「民」の力を(渋沢栄一)

指導者たる者かくあるべし

 関東大震災による東京壊滅

 1923年(大正12年)9月1日、関東地方をマグニチュード7.9の巨大地震が襲った。東京を含め南関東から東海地方にかけて甚大な被害が及び、揺れが収まった後の火災の発生もあいまって死者数は10万5385人、30万戸近い家屋が失われた。首都は避難民でごった返して大混乱し、第一次大戦の戦勝国として上げ潮ムードに包まれていた国内経済も一気に暗雲が漂う。戦間期の日本にとっては、その被害規模と復興への道のりは一つの戦争だった。


 実は震災発生時、首相が不在だった。前月24日に首相だった加藤友三郎が急死し、政治的駆け引きで組閣が遅れ、外相が首相を臨時兼任していた。震災が起きた翌2日、急ぎ、薩摩・海軍閥の山本権兵衛(やまもと・ごんのひょうえ)が首相に就任して組閣した。混乱の中で就任した山本政権の第一の作業は、民心の動揺を防ぎ治安を維持することだった。社会主義運動が高揚する中で、壊滅状態の首都には労働者たちが革命を目指すという噂が飛び交い、不穏な空気が流れていた。戒厳令が出された。


 財界の長老で、日本資本主義の父といわれた渋沢栄一(しぶさわ・えいいち)は、東京・日本橋の事務所で揺れに見舞われた。出身地の埼玉・深谷への避難をすすめる家族を、こう叱りつけて東京に止まることを決意する。


 「わしのような老人は、こういう時にいささかなりとも働いてこそ、生きている申し訳が立つようなものだ」

 

 素早い立ち上がりと組織化

 83歳だった老渋沢の立ち上がりは早かった。まず取り組んだのは、自ら手塩にかけた企業群の状況確認ではなく、被災民の救済支援だ。「民」の力を信じ結集することを責務と感じていた。渋沢は、山本内閣が発足するより早く、政府、東京府知事、東京市長、警視庁に使者を送り、被災者支援を要請する。そして自らも埼玉から救援物資の米を取り寄せる手配し、都内の私邸を配給本部にし、役所職員を詰めさせた。支援組織の中核は、震災に先立って渋沢が取り組んだ企業経営者と労働者の融和団体「協調会」だ。普段から取り組んできた「民のために」という彼の企業活動の理想が生きることになる。


 救済事業の資金も民間から募ることにする。被災八日後には、廃墟の中の東京商業会議所(現在の東商)ビルにおよそ40人の実業家たちを集めて、救援のための「大震災善後会」を発足させ、全国の事業家に義援金拠出を呼びかける。とにかく渋沢という男、動き出したら早い。

 

 幅広い視野

 渋沢の復興支援呼びかけの視野は海外にも向けられた。善後会が発足すると同時に彼は、米国の知人実業家たちに向けて手紙をしたため被害状況を知らせるとともに、援助依頼の電報を打っている。米国内では、鉄鋼王のゲーリー、銀行家のヴァンダーリップなど名だたる大実業家たちが日本支援に動き出した。


 都市構造としての東京復興案についても、渋沢は、「これを機会に東京港の拡充整備など、東京を旧態依然とした江戸時代以来の権威的首都から、国際商業都市へと大胆に改造すべき」だと、復興審議会で主張しているが、政府は財政難を理由に、改造案を退け、旧状復興案にとどめた。渋沢の復興案は時間的にも10年後、100年後を見据えた広い視野を持っていた。


 今年は、関東大震災から100年の節目の年だ。政府は、東京直下地震への警戒を呼びかけている。総務省は、建物倒壊・火災による死者数を2万3000人に上ると見積もっている。さらに南海トラフ地震では、死者数32万人以上と見積もられている。


 さてそれが現実になった場合に、あなたは何ができるのか。もし経営者であった場合に、家族、企業防衛はもちろんのこと、社会に対してどう行動できるのか、渋沢榮一のような幅広い視野で事態を見つめ行動することができるのか。シミュレーションしておくことも決して無駄ではない。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

 

※参考文献
『民間企業からの震災復興』木村昌人著 ちくま新書
『日本の近代5 政党から軍部へ』北岡伸一著 中公文庫

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