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人間学・古典

第75回 「江戸の商い」

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 最近の人工知能の発展は凄まじいとの領域を超えているように感じる。二年ほど前だったか、ある会合で人工知能の未来の予想を問われた時、門外漢の私は「暫くの間に、多くの仕事が人工知能に取って代わられるでしょう。しかし、いろいろな『創作』の分野は、そう簡単に人間を凌駕できるとは思いません。少なくも、私は、あと100年は人工知能には負けない自信がありません。ただし、100年生きている自信もありません」と答え、出席者の失笑を買った。


 それから僅かな時間で、もはや私は白旗を揚げかかっている。これほど発展が早いとは思わなかった。私の読みの甘さの完全なる敗北を認めねばなるまい。


 その一方で、パソコンや携帯はおろか、便利なものなどほとんどない時代の人々は、知恵を絞って新しい何かを産み出すしかなかった。少なくも明治に至る直前辺りの頃まで、「科学」に関する品々の出現・発展は数少ない。そうした時代の中に生まれた江戸期の商売や仕事でも、若干の形式を変えながら今も続いているものがたくさんある。その人間の知恵もまた、素晴らしいものではないのだろうか。

 

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 昨今の先の見えない物価高に苦しむのは誰も一緒だが、江戸の昔にも今で言う「100均ショップ」なるものは存在した。貨幣価値が違うやめに、換算の仕方が難しいが、当時は「19文」(1文20円として380円)、「38文」、「13文」均一で小間物を売る店が流行ったようだ。主に女性用の品物を中心に、幅広い品が揃っていた。ちなみに、「19文均一」の店で取り扱っていたのは「櫛」、「三味線の糸などの消耗品」、「剃刀」、「糸」、「将棋の駒」、「盃」、「煙管」、「はさみ」、「墨」、「筆」などだ。なるほど、品によっては今でも相応な価格に思えるものが結構ある。


 インターネットや携帯電話の著しい広がりで、自宅にいながら品物の注文をし、日用品から食事まで簡単に取り寄せることができるようになった。実は、江戸期にも似たようなシステムはあったのだ。
得意先を中心に店の者が品物の見本を持って歩き、注文を取る。現在の「訪問販売」の元祖だ。大きな違いを挙げれば、支払いはその場ではなく、盆と暮れの年に二回、「掛け払い」でまとめて支払うというシステム。もちろん、これは店に対してある程度の信用がなければ成立しないが、今のように厳格な審査があるわけではない。


 また、「掛け(ツケ)」で買える品物が多かっただけに、盆暮れに支払いの準備をしておかないと、いろいろなお店に頭を下げ続ける羽目になる。米、炭、酒、魚、衣類、質屋の利息、果ては家賃まで。今ならマンションの賃貸料を三か月貯めれば即座に退去、となるが、江戸時代は呑気な時代でもあり、皆が貧しかったから成立したのだろう。

 

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 生鮮食料品の保管ができない代わりに、毎日、長屋の細い路地まで多くの物売りが来た。朝ごはんの支度中には、納豆、豆腐、野菜、はんぺん、浅利や蜆の売り声で賑やかなものだ。毎日、通る道筋は決まっており、今のルートセールスだ。時計など庶民は持てない時代ではあったが時刻には正確で、「煮豆屋さんが来たからもう昼時分だね」などと、時刻の目安ともなった。「行く先の 時計となれや 小商人」との川柳が残っている。


 独身男性が多かった時期には外食産業も盛んで、「二八そば」と言われる一杯16文の蕎麦をはじめ、今の惣菜屋に当たる「煮売り屋」もあれば居酒屋もある。立ち食いだが寿司も天婦羅も、腹ふさぎのおやつになる。鰻も、昨今よりは手軽に食べられたようだ。

 

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 江戸期の商売を見ると、今で言う「専門店」が多い。「塩屋」、「糠屋」、「傘屋」、「桶屋」、「鍋屋」、「筆屋」、「紙屋」、「蝋燭屋」、「餅屋」、「海苔屋」、「白粉屋」など、今なら幾つかを併せて一軒の店になるような品物でも、別々の店で売っている。専門店だけに、酒類も豊富だったようだ。ここに挙げたのは、多少形を変えても現在も残っている商品だ。


 一方、時代の変化で影も形もなくなった商売もある。いくつか紹介しておこう。「鋳掛(いかけ)屋」。鍋や釜が立派な家財道具の一つ、財産として考えられていた時代、焦がして穴が開いた鍋を「燃えないゴミ」にはせず、鋳掛屋で穴をふさいでもらい、また使うための、調理器具の修繕の仕事だ。「葛籠(つづら)屋」。今ならさしずめ衣裳ケースだろうか。柳で編んだ「柳行李(やなぎごうり)」を中心に、それに塗りを施したものもあり、大きさも大小さまざま、嫁入り道具を入れるものから、旅行用まで揃っていた。 


 「羅宇(らう)屋」。喫煙率がどんどん下がっている現在、更に需要が少なくなった煙草。昔は紙巻ではなく、刻んだ煙草を煙管で吸う。使っていると、煙管の管に煙草のヤニが詰まり、煙の通りが悪くなり、煙草も美味しくない。その掃除や、管(これを「羅宇」と呼ぶ)のすげ替えを行う仕事だ。店を構えずに、天秤棒の両端に箱を付け、それを持って「羅宇や~煙管」などの呼び声で街中を歩いた仕事だ。恐らく5つか6つの頃、もう60年近く前になるが、浅草・雷門の門前でたった一度だけ観た記憶がある。当然、何だか分からず、家族に聴いた。煙突から煙が立ち昇る光景は、今も鮮明だ。


 時代の流れで変わる商いの変遷をたどるのもまた、興味は尽きない。

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