発明の対価を求め会社を相手取り提訴
半導体利用の画期的なNAND型フラッシュメモリーの開発に成功し、その後の発展するAI(人工知能)分野にも大きな影響をもたらした升岡富士雄は、東芝を退社して10年後の2004年3月、古巣の会社を相手取り東京地裁に訴訟を起こした。
フラッシュメモリーの発明による特許によって、東芝が得た少なくとも200億円の利益のうち、発明者としての貢献度を勘案して10億円の支払いを求めた。
周辺では、「何を今さら」「金が目当てか」と陰口を叩く者もいたが、升岡は、こう振り返っている。
「単に、東芝に技術者を評価してもらいたかった。会社はフラッシュメモリーで潤ってきたんだから、一言ありがとうと言ってくれればよかった」
新技術、新製品の発表の場でも当の技術者が同席するわけでもない。経営幹部がずらりと顔を並べて自慢するばかり。フラッシュメモリーの開発でも経営陣は当初、その意味と将来性を正当に評価できず、海外から注目されて初めて経営資源をつぎ込む。そうした姿勢への反骨だったという。
和解と対価
訴訟は2006年7月に東京地裁の勧告に従って和解が成立し、升岡には、発明の対価として8,700万円が支払われた。フラッシュメモリーの技術を継承したキオクシアが膨大な利益を生み出していることを考えると、微々たる額だ。
日本の特許法では、従業員が職務上行った発明に関しても、特許を受ける権利は発明者個人に原始的に帰属すると定めている。これでは会社側が研究開発投資をする意義が毀損されるので、実務上は、契約や勤務規則などで職務発明の権利を、会社側が発明した従業員から承継する(予約承継)建て付けとなっている。これと引き換えに、会社側は、従業技術者に対して、金銭的、人事的対価を与える報奨制度を設けて従業員の技術開発意欲を奨励することになる。
また特許法では、職務発明者は、対価が十分でないと判断すれば、不足分の対価を求めて訴訟を起こすことを認めているため、発明対価請求訴訟が相次いでいる。報奨制度が整っていない中小企業では要注意だ。
技術者海外流出と升岡の思い
事態がこじれた具体的なケースは次回に検証してみる。升岡のケースでは、200億円の要求対価に対して、「それなりの補償は行なってきた」との東芝側の主張との間での調停で、8,700万円の支払いでの和解に落ち着いた。
ブームともいえるAIの発展で、半導体を含む先端産業分野の成長は著しい。かつて、日本産業を支えてきた繊維、家電、造船分野では、韓国、中国、東南アジアに成長センターがシフトした。その要因は、日本で高騰した人件費にあると言われてきた。同じ製品をつくるなら人件費の安い国、地域のものが売れるのは当然だとの考えだ。
しかし、これからの産業の先行きは違う。AIの導入で工場の自動化が進み人に代わってロボットが活躍する工場では人件費の多寡よりも蓄積された技術の差が勝敗の分かれ目となる。
時代の先行きとニーズに合わせた着想を実現する技術者たちが日本を出てアメリカへ、中国へと流出している。優秀な技術者たちをいかに待遇するかの視点が不可欠となっている。
升岡は警告する。「日本に残って技術を評価されず技術を生かす場所がないなら、中国に行って精一杯やればいい。中国で技術を評価してもらえれば、技術者は嬉しいし、飯も食える。残念ながら根っこにあるのは、日本で技術を評価できないことだ」
耳に痛い。
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
※参考資料
『躍進フラッシュメモリ 半導体ファイルの先兵』升岡富士雄著 工業調査会Kブックス
『残念な東芝で「フラッシュメモリーの父」は活かされなかった』週刊ダイヤモンド編集部

















