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人間学・古典

第11回 「古典の教養」

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 組織のトップに立ち、多くの人をまとめる上で、さまざまな意味での「教養」が必要なことは縷々述べてきた。それが押し付けがましくなく、サラリと出て、聞かされた相手が思わず「どういう意味ですか?」と乗り出して来るようになれば、「一流」と言ってもよいだろう。多くの事を知っていても、相手の感心のしようで「教養」にもなればただの「自慢話」で終わってしまうケースもある。その塩梅を見極めるのは使い手の技量次第だ。多くの知識を得て、自分の中で咀嚼し、消化して、「借り物」ではなく本人の言葉になれば自慢をする必要はなく、さり気なく会話の中に混ぜることで、「一流人の教養」に見えるから不思議なものだ。

 

 もう10年近く前になるだろうか、映画監督の篠田正浩さんの本をお手伝いしたことがある。その折に、篠田監督が持つ膨大な教養の山脈に驚き、一瞬にして「敗北」を悟った。薄っぺらな知識で対抗しようとせずに潔く屈したのが功を奏したのか、以降、近しく教えをいただけているのは幸いなことだ。数年間にわたる多くの対話の中で印象に残るエピソードは尽きないが、やはり、本業である映画の話が忘れ難い物が多い。

 

 「中村さん、映画には監督が訴えたいテーマがあるでしょ。でもね、それは全編の中で5%から10%で充分なんだよ。それ以上見せると、お客さんが嫌になって飽きちゃうからね」。けだし名言であり、どの分野にも通用する話だと感じ入った。長い経験からくる感覚ではあるが、余計な言葉も自慢もなくスッと心に沁みた。重要なのはここなのだ。

 

 どの世界でも一流と呼ばれる人々の教養は深く、広い。しかも、その多くが、洋の東西を問わず「古典」から得ているケースは少なくない。古代ギリシアの悲劇や喜劇、哲学の中の一節、あるいは中国の『論語』や『孟子』、そして日本の『平家物語』や『俳句集』『和歌集』などを愛読書にし、その中の言葉を座右の銘にしているビジネス・リーダーが多いのは冒頭のような背景があるからだろう。

 

 とは言え、日ごろ多くの仕事や付き合いに忙殺されている中で、いきなり馴染みのない「古典」に触れてください、というのは乱暴だ、と言われかねない。幸いにも今は多くの出版社から古典を読み易くするために仮名遣いを現代に改め、注釈が付いたものや、現代語訳を添えてある親切なものが簡単に手に入る。そうしたものであれば、古典の入門には相応しく、構える必要もない。

 

 知識の仕込み方は今の便利なツールを使えばどうにでもなるが、問題はそれをどう「教養」として相手に感じてもらうか、だ。これにも多くの方法があるだろうが、最も簡単なのは、「会話の中で一言を挟み、説明をしない」ことだろうか。

 

 若い営業担当者が、懸命に頑張ったものの、結局は受注に至らなかった、との報告に来たとしよう。それまでの努力を充分にねぎらった上で、「チャンスは今回だけではない、次のために捲土重来(けんどちょうらい)を期そう」と励ます。恐らく、言われた方は「捲土重来」の意味を知らないはずだ。そこであえて説明をしない方法がある。

 

 これは意地悪でも何でもない。「聞くは一時の恥」と考え、そこで意味を聴いてくるのか、後で自分で調べるのか、それとも分からないまま、聞き流して終わりにしてしまうのか。その後の行動で、社員の考え方もわかろうというものだ。

 

 ここで秘訣があるとすれば、多用をしないことだろう。仮に社員が感心してくれたとして、次に同じ社員に向かって、「いやぁ、我が家の書斎は汗牛充棟だからね」などとは口が裂けても言ってはいけない。これを「野暮の骨頂」という。

 

 古典漢籍から教養を得るのは一朝一夕でできる話ではない。戦前に生まれた方々は、初等あるいは中等教育で否応なしに「古典教育」を受けている。その分「戦争」という辛酸を伴ったが、「歴史的仮名遣い」と「現代仮名遣い」の両者を違和感なく使える世代でもある。

 

 見方にもよるが、現在よりも質の豊かな教育を受けられる時代だったとも言える。昨今の世の中の乱れようは、教育現場の荒廃もさることながら、家庭での「躾」がキチンとなされていないことに原因の一つがあるのは明白だ。戦前は学校ではこうした内容を「修身」や「情操教育」と呼び、戦後は「道徳」となったが、「修身」の教育内容には多くの「古典」の要素が含まれていた。今、ここでいきなり「修身を復活しよう」という乱暴な話を持ち出すつもりはない。

 

 ただ、「親の小言と冷酒は後で効く」との俚諺は言い得て妙で、物事の本質を見事に短い言葉で射抜いている。難しい言葉でなくとも、先人たちの教養は、底の深い井戸のように長い年月の間に多くの事柄が沈殿してできたものだ。その分量は膨大で、わずかな手間でわかろうとしても無理な話だ。しかし、そういう「井戸」があることを知っておいても損はない。

 最初は興味本位でも構わない。折があったら、その古井戸を覗いてみると、思わぬ発見があるかもしれない。

 

 

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