多様性が生む初期の衝突
このように、多様性が企業に求められる中で、多様性を実現する過程の当初では、衝突が起きることもあります。異なるバックグラウンドや経験を持つ人々がともに働くことになるからです。この衝突は、多様性を重んじるウェルビーイング経営を志す以上、避けて通れない道です。
賢い経営者としては、この衝突こそが、新しいアイデアや価値観が生まれる契機であり、多様性がもたらす価値の一環であると捉えることが重要です。まさに価値ある衝突なのです。
とはいえ、現実的には、こうした衝突を価値として迎えられず、成果を得られないケースもあります。では、衝突を衝突で終わらせるのか、それとも、大いなる価値と発展に結びつけるのか、その分岐点はどこにあるのでしょうか。
それは、組織が持つ「対話力」の違いです。
対話と会話はどう違うのか
ここでいう「対話」とは、異なる意見や価値観を浮き彫りにした上で、共通の価値を創り出すプロセスのことを指します。
対話によく似た概念として、「会話」があります。「会話」とは、互いの共通点を見出すやり取りのことです。たとえば、出身地、趣味、好きな食べ物など、自分と相手の間に何らかの共通点を見出すと、人はその相手に親近感を覚えます。つまり、会話は、フレンドリーな関係を築くためには有効な手段です。
一方で、対話とは、互いの考え方や価値観などの「違い」を明らかにしていく手法ですから、会話とはまるで逆の方向性を持ったやりとりなのです。
重要なことは、多様性を活かすことは、互いの共通点や同質性をつなぎ合うことではないということです。むしろ、互いの違いを映し出すことが、多様性の発揮にほかならないからです。となると、共通点を見出す「会話」ばかりを繰り返していては、多様性を活かすことはできなくなってしまいます。だからこそ、いま組織に必要なのは「対話」のチカラなのです。
対話に必要な2つのもの
とはいえ、「対話」は決して簡単ではありません。対話を行う上で重要なことが二つあります。
一つ目は、自分が、自分自身の価値観に根ざした上で、その思いを言葉にして語れること。二つ目は、相手の経験や価値観を尊重しながら、相手の言葉をジャッジせずに、十分に聴く力です。
この二つを磨くことで、互いの違いを引き出して、価値に変えるプロセスが踏めるようになるのです。このスキルは、なかなか高度なものである一方で、習得可能なものでもあります。言い換えると、対話力は、ウェルビーイング経営の時代に必須のビジネス上級スキルなのであり、組織力は対話力に比例します。
だとすると、ウェルビーイング経営に取り組む経営者の仕事は、自らも対話を実践し、また、ひとりひとりが対話を実践する力を醸成していくことともいえます。
なお、ウェルビーイング経営のキーワードに「リスキリング」がありますが、対話力を磨くことも、重要なリスキリングの実践といえるでしょう。