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人間学・古典

第33回 「東洲斎写楽の不思議」

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 何年かに一度、想い出したかのように、テレビや雑誌などで、「謎の浮世絵師・東洲斎写楽の謎」などの企画が登場する。1700年代の終わり、江戸時代の後半に彗星の如く登場し、一年足らずで姿を消した人気浮世絵師の正体は誰か。葛飾北斎、喜多川歌麿などの他の絵師や、戯作者の山東京伝など、馴染みのある名前も登場するため、恰好の「知的ゲーム」の要素も持っているのだろう。最近の研究では、以前から根強かった「阿波候お抱えの能楽師・斎藤十郎兵衛」ではないかという説で固まりつつあるようだ。

 

 私は浮世絵の専門家でもなく、まさに知的ゲームとしての覗き見的な好奇心程度しか持ち合わせていない。それでも、この問題が出て来る度に、不思議に思えてならないことがある。

 

 「写楽」と言えば、真っ先に思い浮かぶのは「大首絵」と呼ばれる役者のアップを描いた作品だ。今なら歌舞伎俳優のブロマイドに相当する。今までの絵師にないデフォルメや線、色の使い方に特徴があり、派手に見えるだけに注目もされやすい。研究家たちは、その絵の線や技法の特徴を他の絵師と比べ、仮説を立てる根拠の一つとしているようだ。これが、他の絵師であれば何とも思わないのだが、私が気になるのは、問題にされる絵の題材が「歌舞伎」、つまり「役者絵」とも呼ばれる浮世絵だ、という点にある。

 

 写楽がどんな画法を用い、その当時の画壇の中でどんな位置にあり、他の絵師との関係がどうであったか、また、僅かな期間に画風が「四期」に分けられるほどに変化している理由などは、美術史の専門領域であるのは間違いない。しかし、扱われている素材の「歌舞伎」の側からみると、通常であればわざわざ絵にするまでもない端役が描かれていたり、取り上げられている演目であれば、当然描かれるべき役や役者が描かれていない、との疑問が湧く。また、現在有力な説にしても、当時、武士の公式な式学を演じ、武士と同等の「士分」の能役者が、遥かに身分が低いとされていた歌舞伎役者をわざわざ描くのだろうか、という疑問も残る。これらの問題は美術史ではなく演劇史の研究の範囲になる。

 

 他に正体不明の絵師が存在し、研究対象としてどう扱われているのかは不勉強にしてしらないが、こと写楽について言えば、誰であるかを断定するための研究方法は、「美術史×演劇史」という学際を超えた共同研究を進めるのが本来の方法であるはずだが、お互いのプライドが許さないのか、そうした例はほとんど見かけず、個人による研究とその成果発表が多いような気がする。

 

 タイトルの「写楽の不思議」の「不思議」は、この点にある。ビジネスの世界であれば、違う業種であろうが専門知識が豊富な相手との「コラボレーション」に抵抗を抱く人は少ないだろう。むしろ、どれほど意外な組み合わせで新しい成果を生み出すかに興味がもたれている時代でもある。

 

 言うまでもなく、分野を問わず専門の研究者は、あるテーマや専門分野について、長年の研究を重ねた見識や知見を持っており、それは尊重に値する。一方で、それが広範囲にわたるかと言えば、性質上難しい場合も多い。この状況が、例に挙げた「写楽」の問題に象徴的に現われている。

 

 何かを「知る」ということに関し、その問題について理解していることの他に、精通している人物を知っていることも「知る」に入ると私は考えている。

 

 ビジネスシーンにおいて、リーダーたるもの広い知見と高い見識は必要なのは言うまでもない。しかし、すべての分野に精通することは不可能に近い。その時に、それぞれの分野の専門家をどう組み合わせ、新たな発想を生み出すことが可能かを考えるのも役割の一つだろう。

 

 「写楽」の場合は「美術史」「美学」と「演劇史」という比較的距離の近い分野の学問領域の問題だ。しかし、これらの距離が離れて見える「建築」と「音楽」、「食品」と「衣裳」、「登山」と「漁業」などといった観点でも、コラボレーションすることの意味や成果を考えることは充分に可能だ。

 

 こうした発想は、時に「非常識」との誹りを免れない場合もある。しかし、新たな物を生み出すには、常識の範囲を超えることも必要であろうし、時に非常識を堂々と語れるのもまた、リーダーの素質の一つではないだろうか。壮大な、あるいは可能性が低いが面白そうな「夢」を生き生きと語れるリーダーを嫌う人はあまりいないだろう。嫌われるとすれば、リーダーが地に足の付いた発想をしていないか、説得の言葉に力がないか、あるいは批判する側がその発想を受け入れられない「何か」の抵抗を持っている場合だ。

 

 世の中、税金の撤廃、給料の三倍増、有給休暇取り放題などの特殊なケースを除いては、何をしても心からの「賛成100」などというケースは滅多にない。何事にも反対意見があってこそ、時に抑止力や立ち止まり、考え直す機会にもなる。その根っこを抑えつつ、時に突拍子もない考えをし、理論的な裏付けを持たせることが、多数を納得させるリーダーの仕事の一つではないだろうか。

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