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人間学・古典

第28話「本当に怖い『贋作』の世界」

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 昨年の春、東山魁夷、平山郁夫、片岡球子など、昭和を代表する日本画壇の巨匠たちの版画の贋作が100枚以上販売されていた、とのニュースが世間を騒がせた。いずれも人気の画家で、版画とは言え一点100万円以上の品もあり、安い金額ではない。

 こうしたことは珍しいことではなく、世界各国で繰り返されている。「来た」と過去形にできないのが残念だが、こうした「贋作」の歴史は、日本では江戸時代にさまざまな技術が発達して以降、芸術的とも言えるほどの緻密さで作成されている。山水画で有名な室町時代の雪舟などは、専門の鑑定家が「真筆」と断定したものは、日本に数点しか存在しないとも言われるほど贋作が多いことでも有名だ。美術にも目が高かった文芸評論家の小林秀雄は、「雪舟の作品は、欲しい人の数だけある」との名言を遺している。

 あまり感心できた話ではないが、「相剥ぎ」という非常に高度な技法がある。一枚の和紙に描かれた山水画などを、二枚に「剥ぐ」のだ。厚さ1ミリにも満たな和紙を二枚に剥ぐことで、「真筆」が二枚になる。一枚は、描かれたものや落款が薄くはなるが、そこをごまかす技法もある。これは油彩には使えない方法だ。また、新しい作品を、薬品などに漬けてあたかも江戸時代のような「古び」を付けることも可能だ。こうした事は、それを見破るためのX線による年代測定などで見破ることができるケースも増えたが、いたちごっこのように後を絶たないのも事実だ。

 日本では明治以降、「美術館を創るのは金持ちの仕事だ」と言われてきた。庶民が絵画の蒐集などできるわけもなく、それは富裕層に任せる代わりに、それを一般に広く展観するのが財閥など社会的に優位な立場にいるものの「ノーブレス・オブリージュ」でもあったのだ。国公立の美術館が多く存在する一方で、企業が経営する美術館のルーツをたどると、明治以降のこうした発想の結果によるものである場合は意外に多い。

 とは言え、購入してみたものの贋作で、そのまま美術館の倉庫の奥深くに眠る作品が数多く存在している。トップに立つ者の教養としては「美術」などは比較的入りやすい分野である一方、そうした危険も付きまとう。しかし、社長室でも応接間でも、季節に応じたあるいは好みの図柄の作品を掛け、ふと眼を休める場所があるのは訪問する側にも悪いことではない。それを自慢ではなくさりげない世間話にできるようになれば、「一流」の証にもなるだろう。誤解を招きがちだが、購入価格が高ければ、あるいは有名な画家であればよいというものではない。自分が本当に美しいと共感し、疲れた時にふと目をやると心が癒される作品であれば、有名無名や金銭的な価値は関係ないのだ、と私は思う。

 一方で、そうした作品が掛かっている場所に通されると、訪問した側にもそれなりの教養が求められる。専門的な蘊蓄を傾ける必要はないが、持ち主の眼を称え、率直な感想を述べられるぐらいの基礎知識は必要だろう。

 ゴルフも美食も洋服も、自分が一流のものに出会う、あるいはそれなりの腕前に達するには応分の月謝が必要だ。美術とて同様で、一点を大事にするのも結構だが、興味が深まるといろいろな物が欲しくなり、かなり高額の月謝が必要になる。しかし、それは目を養うことにもつながり、「目利き」という心をくすぐる言葉で呼ばれることになる。美術の世界が怖いのは、自分が欲しい、という感情が高まると、多少怪しげな作品も本物に見えてしまうことだ。ここに人間の欲があり、雑念を排して穏やかな心で対峙できない弱さがある。インターネットのオークションで、締め切り時間が迫ってもなお競り合いが続いていると、自分の想定予算を遥かに超えた金額で入札してしまうことは、美術品ではなくともよくあるケースだ。

 こうした事を繰り返していると、こと美術品だけではなく、「人間」に対しても目利きになる効果もある。採用時の面接でも、取引先の本音を見極める折にも、全く違う分野で養った目と感覚が役に立つことは少なくない。四六時中そんなことを考えていては、せっかくの美術品を愛でていても、心の休まる暇がない、というむきもあるかもしれない。しかし、意識せずとも、良いところを探そうと眺めていると自然に悪いところや感覚的にしっくりこないところも見えてくる。その感性を大事にすることを心がければよいのではないだろうか。

 美術品の「贋作」については、一冊の本が書けるほどにエピソードが豊富で、この先はそうした書籍に任せることにしよう。困るのは、美術品だけではなく人間にも相当の数で「贋作」が増えていることだ。会社の規模が大きくとも、いくら収入を得ようとも、周りに人が集まらないようでは、人間として「真作」とは言えないだろう。美術品が貴重に扱われ、時に羨望の的になるのは一点ものだからで、我々も人間として「余人に代えがたい」一点ものの人間になりたいものだ。

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