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人間学・古典

第39回 「料理を劇的に変えた出汁と醤油」

令和時代の「社長の人間力の磨き方」

 「和食」の美味しさ、世界での高い評価に関しては、ここで改めて述べるまでもない。見た目が繊細で時に芸術的とも言われ、健康にも良い素材をたくさん使った料理は、日本の文化の中でも世界に大いに誇れるものの一つだ。

 

 その一方で、最も一般的な和食の方がボリューム満点の揚げ物や肉類などよりも価格が高い、という逆転現象も発生している。健康への良し悪しは別にして、我々の食生活を巡る環境や味の好みが時代と共に大きく変化した、ということだろう。

 

 季節の旬の素材を使用し、繊細な味覚を持つ料理人が長年の修行で鍛えた腕を発揮した料理が美味しくないわけはない。山が多く、四方を海に囲まれた日本では、世界的にも豊富な漁場を持つと共に、四季折々の恵みを受けた山の幸にも恵まれている。素材の良さに恵まれた我々が、美味しい和食を口にすることができるのは、日本の食文化の歴史の中で、「出汁」と「醤油」が劇的に大きな役割を果たしたことを忘れてはならないだろう。

 

 「出汁」も「醤油」も、「スープ」と「調味料」と考えれば、日本独自の物とは言えない。フランス料理では「フォン・ド・ヴォー」と呼ばれる出汁に相当するスープが料理の出来を左右する。一方、胡椒、塩など多くの料理に欠かせないものや、東南アジアを中心とした豊富なスパイスも、料理の味を活かすためには欠かせない「調味料」である。それぞれ共に「日本オリジナル」の歴史を重ねて今の味がある。それは、江戸期に「出汁」と「醤油」が日本に広がりを見せたからこその洗練、ないしは発展であろう。

 

 「夏バテには鰻を…」とはよく言われることで、江戸期の平賀源内によるキャッチ・コピーとは有名なエピソードだが、『万葉集』にも「夏バテがひどくて…」「それなら鰻を召し上がれ」という歌の応酬がある。しかし、ここで言う鰻は、今の我々が口にする、蒸され、濃厚なタレに付けて焼かれた、ふっくらとした豊潤な味わいの鰻の蒲焼ではない。ぶつ切りにしたものを串に刺して焼き、塩を振った程度のもので、油分の強く、スタミナのある食品を摂ることが第一の目的であり、味など二の次だったはずだ。「蒲焼」の「蒲」は、鰻の頭の部分を串に刺した姿が「蒲の穂」に似ているからだとの説もある。今までに何度も書いて来たことだが、刷り込まれた常識を一旦削ぎ落とすと、違う光景が見えてくるものだ。

 

 鰻が抜群に美味しい物になったのは、醤油が広まり、そこに味醂や酒を加えたタレが完成してからの話だろう。醤油も関西は「薄口」、関東は「濃い口」と好みが分かれているようだが、実は江戸期に関西ではすでに濃い口醤油も生産されていた。しかし、量が少なく、関東圏まで流通しなかった。やがて、農業の効率化で余裕のできた農家が、副業として千葉の銚子や野田で「地場産業」として作った「濃い口醤油」が関東に一気に広まり、定着したものだ。

 

 吸い物、味噌汁などをはじめとする汁物、煮物、出し巻卵などの味を左右するのは「出汁」だ。煮干し、鰹節、鯖節などが一般的だが、地方により地元で獲れる魚を出汁の原料に使い、複雑玄妙とも言える味わいや深みを醸し出す。鰹節も高級品になると一本造るのに年単位という手間暇がかかり、値段も高いが、そこには凝縮された「うまみ」が詰まっている。時に、料理の味を左右するまでになるほど、和食における出汁の存在は大きい。醤油と出汁を併せた「出汁醤油」なるものもあり、この二つの存在が、「和食」の価値を世界に冠たるものにしているのだ。

 

 恐らく、一万年前の人々も、何かを煮る時に海辺の新鮮な貝を加えると、違った美味しさが生まれることは知っていただろう。しかし、我々の想像よりも遙かに高度な技術を有していたにしても、その味を再現、あるいは生産・貯蔵する方法を考えるまでの余裕はなかったようだ。まずは「満腹」になることが第一で、「美味しく」食すことは二の次だったはずだからだ。

 

 過去には多くのヒントが隠されていることは例を挙げるまでもない。日ごろ意識するまでもなく当たり前に使っている「醤油」や、料理の縁の下の力持ちのような存在の「出汁」にもさまざまな「発見」があるはずだ。仮に、出汁も醤油も一切使わずに料理を創ったら、和食の味わいがどれほど変わるものか。これなどは、考えるだけではなく実際に実験をして体感することができる。そこで初めて先人の偉大さが、改めて感じられるのかもしれない。今の我々が当たり前だと思っているものの中に、実は当たり前の物など一つもないのことがよくわかる。こうした素材は料理に関するものだけではなく、辺りにたくさんあり、考えるヒントをもらうには事欠かないだろう。

 

 我々が深く考えもせずに享受している「当たり前」について遡り、その根っ子や源流はどこにあるのか、それがどう変わって今に至ったのかを考えることは、適度な頭の体操になり、うまく行けば新しい発想のヒントにもなるのではないだろうか。ちょっとした時間の隙間を潰すにはもってこいの上、今日の夕飯に何が食べたいか、思いつかない時のヒントになるかもしれない。

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