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マネジメント

『貞観政要』の教訓(5) 法の下の公正

指導者たる者かくあるべし

 門番の責任

 人事において、とくに処罰人事に際して規則の文面を最優先させるか、そこに情実を絡めるか、いつの世にもリーダーにとっては悩ましい問題である。『貞観政要』には、名君である唐の太宗(たいそう)を悩ませた二つの人事案件が挙げられている。読者であるあなたならどう裁決されるだろうか?
 一つ目の案件は、規則破りと、それを見逃したものの責任についてだ。
 太宗即位まもなくのある日、吏部大臣の長孫無忌(ちょうそん・むき)が宮中に呼び出された時に、うっかりして帯刀のまま、参殿してしまった。宮門警護(門番)の武官は、無忌の退出時になって気づく。見逃していたのだ。帯刀のままの参殿は厳しく禁じられていた。
 問題は処罰に発展した。宰相の封徳彝(ほう・とくい)は、「門番の武官は職務怠慢で死罪に相当。うっかり帯刀のまま参殿した無忌は労働刑二年あるいは銅二十斤の罰金が相当です」と決定を上奏した。無忌は、皇后の兄であり、太宗の即位に大きく貢献した功労者だった。太宗は宰相の決定に同調しようとした。
 これに対して司法次官の戴冑(たい・ちゅう)が、厳しく反対意見を述べる。
 「大臣と門番の過失は同等。しかも大臣たるもの、陛下への非礼を、うっかりでは済まされません。それなのに片や死刑で一方は罰金刑、もし陛下が、無忌どのが縁戚であること、これまでの勲功を配慮されるのなら、もはや司法官の関わりのないこと。しかし、法によって処断されるなら、宰相の決定は納得できません」
 太宗は、「法は私一人のものではない、天下のものだ」として、再協議を言い渡した。しかし、両者の意見は変わらない。あなたが企業オーナーだとして、身内の不祥事に遭遇したと仮定する。どう処分する?

 王の命令と法

 二つ目の案件も同じころに起きた。創業まもなくの唐は、前回述べたように人材の登用に力を入れていた。しかし、登用された者の中に身分や経歴を詐称するものが相次いだ。業を煮やした太宗は、「詐称を自首しないで露見した者は死罪に処す」と詔勅(皇帝命令)を発した。
 果たして、経歴詐称者の一人が判明し、処分判断が今度も司法次官の戴冑に委ねられた。戴冑は、「法に照らして流罪が相当」と採決を下し、上奏した。これには太宗が抵抗する。
 「私は先に、名乗りでなければ死刑に処す、と命令した。お前は、法を優先し、私の信用を失墜させるつもりか」
 さて、こちらの案件では、あなたに戴冑の立場に立ってもらい、どう対応するかを考えてもらいたい。会社レベルで考えてみよう。会社の人事規則を遵守するか、オーナーの命令に沿って、オーナーの権威と命令の信用を優先させるのか?

 トップに求められる公正さ

 貞観政要に描かれている二つの案件に対する太宗と戴冑の対応を、まず二つ目の案件から見てみよう。
 戴冑は、「命令した私の信用はどうなる」と迫る太宗にこう答えた。
 「法は、国家が天下に公布した信用であります。言葉は、その時の喜怒哀楽によって発せられるものに過ぎません。陛下は一時の怒りによって、詐称した者を死刑にしようとされましたが、法の手に委ねようというのであれば、これこそ小さな怒りを忍んで、大きな信義を守ったことになります。そうなされないのなら、誠に残念でなりません」
 太宗は、自説を曲げず貫こうとする硬骨の法官の説得に従った。
 となると、一つ目の案件への太宗の対応も自ずと明らかであろう。
 「門番の罪は、無忌どのの過失によって生じたものであり、二人の事情は同じです。その罰を生と死に分けてしまわないように、ご配慮願います」。太宗は、門番の死罪を免じたのである。
 大唐帝国オーナーとしての太宗の優柔不断ぶりばかりが目立つような二つのエピソードだが、彼が臣下から強く諌(いさ)められた、「法の下の公正さ」こそ、彼の治世が「貞観の治」として当時の人々だけでなく、後世にまで称えられる力となったのだ。太宗は、「公正さこそ、君主がわきまえるべき最高の徳義である」と肝に銘じた。
 太宗の最高の幸せは、権力者に忖度(そんたく)せず、おもねらずに直言できる多くの部下を持てたことにある。それこそ、なかなかあり得ない人徳であるまいか。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

 

※参考文献
『貞観政要 全訳注』呉兢著 石見清裕訳注 講談社学術文庫
『貞観政要』呉兢著 守屋洋訳 ちくま学芸文庫

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