中小企業経営者の後継者不足対策の一つとして中小M&Aが促進されており、その件数は急速に増加している。事業承継の有力な受け皿としてもM&Aは今後更に増加すると見られるが、失敗しないための経営者の心得について考えておきたい。
売却の失敗とは、
- 買い手が見つからずに売れない
- 不満足な安い価格で売ってしまった
- 後継者に相応しくない相手に売ってしまった
などというところだが、経営者にとっては笑い事では済まされない。
失敗事例の経営者に聞くと、「仲介業者に騙された。」「自社の価値を正当に評価されなかった。」「売却先の事業が悪化し、従業員がリストラされてしまった。」などの個別に想定外の事情があったとの事であるが、一言で言えば準備不足と言わざるを得ないのが殆どである。
故野村克也監督は、「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし。」と述べていたが、自社売却の失敗も同じ事である。
失敗しない心得
その1.M&A 自社売却を能動的に捉える
多くの中小企業経営者にとってM&Aは、まだまだ縁遠いものだと考えているようだ。
2021年度中小企業白書による分析を見ると、経営者のM&Aに対する捉え方が見てとれる。アンケート調査によると、M&Aの実施意向は売り買い合わせて3割止まりで、7割の経営者は関係ないと捉えている。ましてや売却となると9割の経営者は実施の意向を持っていない。
※2021年度中小企業白書より
続いて、売り手意向を持つ経営者が懸念する実施障壁についての回答を見てみると、「経営者としての責任感や後ろめたさ」「M&Aに対する心理的抵抗感」が示している通り、M&Aによる売却を多くの経営者がネガティブに捉えている事が分かる。
※2021年度中小企業白書より
「ついて来てくれた従業員、世話になった取引先、贔屓にしてもらった顧客を裏切るようで申し訳ない。」気持ちは分らないことも無いが、それは経営者の自己満足に過ぎない。
自社売却に対する無関心やネガティブな感情は、いざM&Aという際の初動を遅らせてしまい、結果的に失敗にもつながる。責任感があるのであれば逆に、常日頃からM&Aによる事業存続を考えて準備しておく事が必要である。
M&Aを実施するしないに係わらず、自社を高く売却するにはどこを磨けばよいのか、何が足らないのか、事業拡大にM&Aを上手く活用できないか、どういう相手と組めば会社の財産は活かされるのか、などと考える事は、経営を続ける上で必ずプラスに働くはず。
M&Aは他人事ではなく自分事として能動的に捉えて取組む事が、失敗しないためにも基本となる。
その2.目的、狙いを明確に定める
売却価格を少しでも高くしたいのか、従業員の雇用を守りたいのか、独自技術を継承して欲しいのか、経営者によって売却交渉において拘るポイントは異なる。もちろん全ての点で満足の行く条件で応じてくれる買い手に巡り合えれば良いが、それほど現実は甘くはないだろう。何を重点ポイントとして相手を探し、条件交渉を行うかを定めておかないと、仲介会社や買い手のペースで振り回されたり、迷走してしまう事になりかねない。
満足できる結果を求めるためにも、目的、狙いを明確に定めて進める事は大事である。
一方で、経営者の勝手な思い込みを条件として拘るあまり、交渉が上手く行かなくなることもある。また、良く見せようとして情報を隠したり嘘をついてしまい、後から問題となるケースも散見される。
M&Aというものは、売り手買い手のどちらか一方が勝者、敗者となるものではなく、お互いがWinWinとなる事が出来るものであり、それが理想だと思う。
目的、狙いを定めるのにおいては、自社の特性や強み、弱みを出来るだけ客観的に捉えた上で、その特性を活かしてくれる買い手や売却条件に拘る事が結果的に良い結果につながるだろう。
その3.信頼できるアドバイザーを得る
事業売却は、殆どの経営者にとって初めての経験だろう。その中で、戦略を立て、交渉を行い、情報を収集整理し、事務処理を行うなど複雑なプロセスをこなさなければならず、信頼できるアドバイザーを得る事は失敗しないためにも重要な要素となる。
では、信頼できるアドバイザーとは、
- M&Aについての知識・経験が豊富である
- 情報管理がしっかりしている
- 自社の業界について理解がある
- 自社の強み、弱みを理解し、自社の立場で考えてくれる
- シナジーを生むM&Aを構想できる
- 広い情報ネットワークを持っている
- レスポンスが正確、迅速
など色々と考えられるが、そう簡単に巡り合う事は難しいかもしれない。
現在、M&A支援事業者は2千者を超え、専門業者だけでも600社近くある。業者によって強い業界や得意分野があるなど特徴があったり、取り扱う案件の規模を決めていたりと様々だ。取扱実績の多い業者でも、担当者の力量にはバラつきもある。なので、初めから決め打ちしないで情報を集め、信頼できる相手を探す努力をした方が良い。実際に話を進めて行く段階でも1社専任ではなく、2〜3社と契約する事をお勧めする。
廃業も失敗
M&Aが増加しているとはいえ廃業はその10倍以上で毎年4万件を超えている。黒字での廃業も6割と多く、M&Aに取り組んでおれば存続できた会社や事業はかなりの数があると思われる。なんとも勿体無い話しだ。事情はそれぞれあるとは言え、事業を存続できずに廃業に至ってしまうことは、経営者にとっては取り返しのつかない失敗だろう。
価値ある事業をより発展させたり、大事な従業員の雇用を守る上でM&Aは非常に有効な手段である事は、多くの事例で実証されている。
後継者不在の会社はもちろんの事、後継者がいる会社においてもM&Aを重要な経営戦略として捉えておく事はプラスにはなってもマイナスになる事はない。「うちの会社は関係ない」或いは、「M&Aはどうも抵抗感がある」などと消極的に考えるのではなく、能動的に捉えて準備しておく事が後々後悔しないための心得である。