たまには軽くて深い話をしよう。
目的を達するためには回り道も必要である、と繰り返す『戦国策』には、こんな怖い女の話がある。
ある時、魏王が楚王に美女を貢いだ。楚王は喜び、贈られた女をたいそう可愛がる。不思議なことに、後宮の先輩夫人は王以上にこの新参の女を可愛がった。衣装から手回り品、寝具まで誂えてやった。
王は感心して言う。「女の嫉妬は自然の情。しかしどうだ、これこそ孝子が親に仕え、忠臣が君に仕える手本ではないか」。
夫人は、王が、自分の嫉妬心を疑っていないと知ると、新参の美女に言った。
「王様は、あなたの鼻の形をお気に召さないようです。王様にお目にかかるときには、その鼻を必ず隠すようにしなさい」
先輩の助言に従って、女は王にお目通りするときは、その鼻を覆うようになる。
王は不審に思い夫人に問う。「あの女はどうして私の前で鼻を覆うのだろう」。
「いいから言ってくれ」とせがまれて夫人はもったいぶって答える。「それは王様、あなたの匂いを嫌がってのことですわ」
「けしからんやつだ」。逆上した王は、美女を鼻切りの刑に処した。
さらに女の情念が後継争いに絡むと、お家騒動が持ち上がる。『史記』にこんな話がある。
春秋戦国時代の晋国の王、献公には申生(しんせい)という太子がいた。妃として後宮に入った驪姫(りき)は、申生を廃して献公の寵愛を得て生んだ我が子を跡取りにしたいと画策する。
献公は、情にほだされてつい「太子を廃嫡してお前の子に後を継がせよう」と告げる。しかし、驪姫は本心を隠して「それはなりません。戦功もある素晴らしい人格の太子に申し訳ない。私は死にます」と太子を褒め上げ一芝居打つ。自分の野望をさとられないように。
驪姫は太子に「王に肉を捧げてはいかがか」と持ちかけて、密かに肉に毒を盛る。そして王の口に入る直前に「遠路からの肉ですから毒味が必要」と言い、毒味した茶坊主が死ぬ。
驪姫は泣きながら「王位継承を待ちきれず親を殺す太子はひどい男」と言いふらす。都を逃れた太子は自殺する。手の込んだ策を弄して、驪姫はまんまと望みを叶える。
いずれの話も後宮の女たちの情念に擬してはいるが、「女は怖い」という教訓を導くだけではあまりに下世話すぎる。
王(権力者)の周りには男女を問わず、寵愛を一心に得ようとする人間が群がり、追従とご注進でライバルを蹴落とそうとする。「ういやつ」などと、情にほだされて目が曇っていては、とんでもない策にはまることになる。
くわばら、くわばら。