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番外編 チームを変身させた岡田彰布の監督術(下)

指導者たる者かくあるべし

 無敵の投手陣(酷使と休暇のバランス)

 4日でシーズンを終えた今年の阪神の圧倒的な強さを支えたのは安定した投手陣だった。チーム防御率は2.66でセリーグのみならず、全12球団で最高の数字だ。一試合で3点を取れば負けない計算になる。本塁打数は84本とリーグ5位ながらペナントレースを制した秘密はここにある。


 先発が最低5イニング、相手打線を抑えて救援陣に1イニングずつ任せる。9回はもっとも信頼できるクローザーで締めくくる。こうした投手起用は岡田彰布(おかだ・あきのぶ)にとって前例がある。前回チームを率いて優勝した2005年にJFKと名付けられた試合終盤の鉄壁の投手リレーだ。6回までにリードしていれば、7〜9回をジェフ・ウィリアムス、藤川、久保田でねじ伏せた。


 この継投策は、今シーズンさらに進化を見せる。最終回をベテラン左腕の岩崎に任せ、中継ぎは相手打者に合わせて流動的に数人を日替わりで起用した。これによって中継ぎ陣に休む余裕を与えるとともに緊張感をもって競り合わせることにもなる。


 暑い夏場には、行けるとなれば、先発に8回まで、あるいは完投を促して、ブルペンに休暇を与える。まさに8月、中継カメラがとらえたブルペンで救援投手たちがベンチに腰を下ろし休む姿が見られるようになった。しかもこれは単なる思いつき、急場しのぎの策ではなく、計算し尽くされていた。移動日前日に意図的に先発を完投させる。「今日と明日、二日休めるやんか」と岡田。これならブルペン投手たちは、起用されれば意気に感じて、会心のマウンドさばきを見せるようになる。


 8月10日、熾烈な首位争いをする中で、岡田は、頼みの綱の岩崎をロードゲームの対巨人戦のベンチから外して、帰阪を命じた。「ゆっくり休め」。ここまで岩崎は42試合に登板し、16試合連続無失点を続けていた。登板過多気味のリリーフエースに連戦が続く中で休暇を与えて、翌日からの京セラドーム3連戦に備えたのだ。「今日の一勝」だけのために投手を酷使することはしない。あくまでシーズンを通じてプランを立てて戦う。これを見て、毎シーズン終盤の失速を嫌というほど見せられてきた虎ファンの一人として、「今年のアレ」を確信した。


 リーダーの手柄のために部下を酷使するばかりでは、だれも働く意欲を持続できない。

 

 率先してキレてみせる(選手を守る強い意思)

 今年の阪神は死球禍に泣かされた。7月2日の巨人戦、リードオフマンの近本が右脇腹に死球を受けて肋骨を骨折し、20日間、チームを離脱。8月13日には、正捕手の梅野がヤクルト戦で左尺骨を骨折して今シーズンの出場が絶望となった。この時は、「(内角をえぐる)死球をほうる場面やないやろ」と怒りをこらえてぼやくにとどめた岡田が、9月3日のヤクルト戦ではキレた。近本が再び骨折箇所に死球を受けて悶絶、ベンチに下がった。


 試合後、ヤクルトベンチの監督高津をにらみつけ謝罪を待ったが、高津がそそくさと球場を去ると、「情けないのぉ、これが2年連続優勝したチームか」と吐き捨ていつまでもベンチに座ったまま怒りは収まらなかった。このキレる岡田をチームメンバーは見ていた。「監督は選手のことを本気で考えている」。チームはシーズン終盤に向け一丸となった。


 また、8月18日のDeNA戦では、二塁上での相手野手が塁をふさぐ形でのクロスプレー、アウトの判定を巡って岡田は血相を変えて、「あんな危険なプレーを認めるんかい!」。ベンチを飛び出し、執拗に審判団に猛抗議。あわや退場かという場面だった。判定は覆らなかったが、のちにこれは相手野手のプレーを危険行為として禁じるルール見直しにつながる。


 「久しぶりに監督がブチ切れて。ああいう緊張感が選手たちにも伝わったと思う。あれが優勝への転機点になった」と、チーム関係者はスポーツ紙に回想している。


 普段、温和に見えるリーダーが選手のためなら体を張ってキレて見せる。選手が、いや会社なら社員が燃えないわけがない。トップの闘志は部下へと確実に伝染(うつ)る。

 

 タイトル争いへの配慮(選手ファースト)

 9月14日に早々とリーグ優勝を決めた岡田。その後の采配は、選手たちの査定につながる個人タイトルを重視したものになる。二番の中野は最多安打を達成。四番大山は最高出塁率を決めた。大車輪の活躍だった岩崎は、最多セーブのタイトルを獲得し、先発投手の軸となった村上は防御率1.75でトップとなる。

 
 「取れるもんなら取らせてやらなあかんわな」。
 18年ぶりの阪神優勝は、「選手ファースト」の監督采配あってこそだった。
 今年こそ1985年以来38年ぶりに日本一の胴上げを見られる、そう信じている。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

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