企業における人事管理の一環として、従業員の降格を行うことがあります。本コラムでは、懲戒規定に基づく降格ではなく、「人事権の行使としての降格」に限定して取り上げます。「人事権の行使としての降格」とは、業務のミスマッチや能力不足などの理由により、会社が期待する役割(組織マネジメント、部下育成など)を果たせない従業員に対し、職位や役職を下げ、職制上の責任範囲を限定する措置です。
降格を適切に進めるためには、いくつかの重要なポイントを押さえておく必要があります。まず、降格を行うには、従業員が納得できる、公平かつ客観的な人事評価が前提です。自社の人事評価制度に基づいて、従業員の業務遂行能力や成果を正確に評価し、その結果に基づいて降格を決定しなければなりません。評価が客観性を欠いたり、恣意的であったりすると、従業員の不満や会社への不信感を招き、大きなトラブルに繋がる可能性すらあります。
次に、降格には給与減額の問題が伴いますが、これにも注意が必要です。給与の減額には、就業規則や賃金規定に降格時の給与改定に関する明確な根拠が必要です。明文化された規定があることで、従業員に合理的な説明が可能となり、恣意性を排除できます。
定期昇給によって実施される基本給の増額改定は、各等級での昇給運用が人事評価に基づく査定昇給(実力昇給)が基本です。この査定昇給により、年度ごとに評価結果を反映した適正な金額で昇給しているのであれば、降格時に基本給を大きく引き下げる必要はありません。降格前の基本給額をもって、降格した下位等級の賃金表上の直近号数に読み替えればよいのです。ただし、降格した下位等級の賃金レンジの上限金額を超える場合のみ、その上限金額まで減額調整しなければならないことになります。
降格したからといって、過去の貢献を打ち消すかのような大幅な引き下げをするケースを見受けることがありますが、これは明らかに誤りといって良いでしょう。
降格を実行する際には、理由を従業員に丁寧に説明し、理解を得ることも大切です。降格は従業員だけでなく、周囲のスタッフやメンバーにも影響を与えます。その理由や背景をしっかり伝えることで、組織運営への悪影響を低減することが大切です。また、降格後のキャリアプランやサポート体制についても説明し、従業員が前向きに業務に取り組めるよう配慮することも忘れてはいけません。
人事制度の基本構造は、等級制度・給与制度・評価制度で構成されます。賃金管理研究所が推奨している責任等級制度(役割等級制度)や職務等級制度では、人事権の行使による降格は必要に応じて随時行われる可能性があるものです。現等級に求められる職責が果たせない状況が続いているのでしたら、責任の軽い下位等級の業務に移すことは当然のことです。
一方、職能資格等級制度の下では、容易には降格させることはできません。一定水準以上の職務遂行能力が備わっていると会社が認めた社員を昇格させるのですから、降格させるには職務遂行能力が減退したと会社が証明しなければならないと考えられるからです。
降格を行う際には、適切な手続きと配慮が求められます。適正な人事配置を実現するためには、降格をタブー視する必要はありませんが、実施にあたっては弁護士など法律の専門家に相談することをお勧めします。