― 経営者が直視すべき原因とリスク ―
法人の決算書において、帳簿上は多額の現金が計上されているにもかかわらず、実際には金庫や手元にほとんど現金が存在しない。この状態は、経営者にとって「よくある管理上のズレ」と軽く考えられがちです。じっさいにこれをリスクと考えない中小企業経営者はあまりに多いものです。ところが、融資審査や税務調査の視点では、極めて深刻な問題として扱われるのが実状です。現金は最も単純な資産であり、だからこそ「合わない」こと自体が強い疑念を生むわけです。
まず考えられる原因として多いのが、経営者自身による無意識の資金流用です。たとえば、急な個人的支出や生活費、家族関連の支払いを会社の現金から立て替え、そのまま精算されていないケースです。経営者の感覚としては「後で戻すつもり」「一時的な借り」と考えていても、帳簿上は現金が残っていることになり、実態との乖離が生じます。この状態が慢性化すると、会社の資金がどれだけ流出しているのか、経営者自身も把握できなくなります。
次に、仮払金や立替金として処理されたまま、実質的に回収不能となっているケースです。出張費や仕入代金の立替などを名目に現金を渡したものの、精算が行われず、結果として現金が社外に出たまま戻ってこないケースですが、これは経営者の経理に対する無関心、意識のなさが表に出たものであり、致命的です。この経緯は、決算書を見ればその勘定科目が肥大になって表示されるため問題視されやすく、社長の経営能力がないことを明示することになります。帳簿上は現金が存在するため、資金繰りが良いように見えますが、実際には使える資金は枯渇しているケースも多いです。
また、現金管理体制の弱さから、内部不正や横領が発生している場合もあります。現金出納を特定の社員に任せきりにしていると、少額ずつ抜き取られても気づきにくい。帳簿は帳尻を合わせて記帳され、期末になって初めて現金不足が表面化します。この場合、問題は単なる現金不足ではなく、会社の内部統制そのものが機能していない点が露呈します。
このような状態が続くと、まず融資審査において重大なリスクとして認識されます。銀行は「帳簿に現金があるのに、なぜ資金繰りが苦しいのか」「この会社は資金管理ができているのか」と疑問を持ちます。帳簿上の現金が実態を伴っていないと判断されれば、決算書全体の信頼性が低下し、追加融資は見送られる。場合によっては、既存融資についても返済条件の見直しや、資金使途の厳格な管理を求められることになります。
税務上のリスクはさらに深刻です。税務調査で現金実査が行われ、帳簿残高との差額が確認された場合、その差額はどうしてなのかが追及され、細かく調べられるものです。
さらに厄介なのは、帳簿上の現金過大が、帳簿全体の信用性を損なう点です。一度「現金が信用できない」と判断されると、他の勘定科目についても疑いの目が向けられます。
この問題を防ぐために、経営者が取るべき対応は明確です。第一に、現金は必ず実態と帳簿を一致させること。第二に、現金を使った場合は、その場で処理し、仮払いや立替を放置しないこと。第三に、現金管理を属人化せず、定期的な実査を行うことです。帳簿上の現金を「調整用の数字」にしてしまった瞬間から、会社の信用は静かに崩れていきます。
帳簿にあるはずの現金がないという事実は、単なる経理ミスではありません。それは、経営管理の歪みが表面化した結果であり、放置すれば融資・税務の両面で深刻なリスクを招く。経営者はこの問題を直視し、現金管理を立て直すことが、会社の信用を守る第一歩になります。
















