先日、新幹線での移動中に隣のシートに座ってきた男性が、ものすごく咳をしていたのです。季節柄、こちらは敏感になりますよね。
隣でずっと咳をしているのですが、マスクを準備しているようでもなく、手で口を押さえる仕草も見せない。
このまま3時間同じ空気を?と考えると、ずっと我慢を続けるか、はたまた席を移動するか…大いに悩みました。皆さんなら、どうしますか?
僕は、結局、その男性に声をかけることにしました。
「たいへんですね。風邪ですか?」
するとその男性、非常に恐縮した面持ちで
「すみません。マスクも用意していなくて。ご迷惑ですよね」
たしかに迷惑ではあります。でも、僕は心ならずもこう言ってしまいました。
「いや、大丈夫ですよ。気にしないで下さいね」
ああ、気にしていますよ、本当は。少なくとも向こうを向いて咳をしてほしい。
でも、彼は非常に安心した顔で、
「急な出張で、ゴホゴホ、持病の喘息なんです」と。
果たしてそれは本当なのか、あるいは、インフルエンザじゃないですからご安心を、という彼なりの配慮なのか。でも、不思議なことに、それからしばらくして、彼の咳はずいぶんとおさまりました。
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昔、呼吸法を習ったとき、ヨガの先生に「呼吸」の意味を教えてもらいました。呼吸とは、自己表現なんですよ、と。
どういうことかと言うと、呼吸とは、レ点を打って、「吸うのを呼ぶ行為」が、本義であると。吸うのを喚起する=すなわち「吐く」ことが呼吸の基本であるということです。
そして、「吐く」という漢字に表れているように「土に口」をつけるということ。土とは地球の大気のことで、呼吸とは「私は、大気とつながっています」という自己表明を表わしているのだと言います。
たしかに吐き出す息というのは、私のカラダの細胞が生み出した自己表現の産物といえなくもありません。
二酸化炭素や老廃物のみならず、各細胞が生み出した何らかの情報。それを肺に集めて、大気へと還元する。この時点でまさに、無意識に「自己表現」をしているということになっています。
大気はそうやって、生きとし生けるものすべてが自己表現をした結果なわけですから、大気とは、生命をもつすべての存在が自己表現してできた場、といえるでしょう。
僕は、ここでユングという人の説いた「集合無意識」なる概念を思い出しました。集合無意識とは、深層心理の奥底にすべての意識が共有して持つ広大な意識という意味です。…大気こそ、集合無意識なのでは!
これを前提にすると、呼吸が、吐いて吸って、吐いて吸って、を繰り返す意味がわかります。もし酸素だけが必要だというのなら、生命の大いなる進化の過程で酸素のみを作り出すような器官をつくったはず。呼吸は、吐いて吸ってを「繰り返す」ことこそに、大切な意味がありそうです。
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前置きが長くなりましたが、こうした観点でみるに、咳とは「急激なる自己表現」といえそうです。
言いたいことがある、ぜひ自己表現しなければならないことがある、ところが、スムーズに言えない何かしらのブロックがあるために、風邪などを利用して、咳を出す。咳とは、心理的なある種の浄化作用なのですね。
僕は、これまで多くの肺がんのクライアントさんと接してきましたが、肺には、その人の呼吸量による「境界線」という意味が生じてきます。
肺がんとは、ひと言で描写するなら、肺が硬化する病気です。一方、かつて日本人の死因の第1位だった肺結核は、肺が軟化し溶けてしまう病気です。
肺がんと肺結核は、決して同時には起こりません。それは、肺がんが、大気とのつながりを遮断して、自己保全と自己のプライドを守る病気、肺結核は、大気とのつながり(つまり、みんなの意識とのつながり)を求めて、自己溶解(トランスパーソナル)させてしまう病気だからです。
肺がんは、吸うことに抵抗し、肺結核は、吐くことに抵抗するのです。呼吸は、大気との「適度な」つながりを意図しています。それは、社会の意識や、もっと言えば、その人を取り巻く人間関係の「適正な距離」を示しているとも言えます。
肺は、5歳のころけっこうな発達を見せると言われますが、5歳の子どもって、たしかに兄弟などと「こっからは僕の範囲だから勝手に入んないでよ」なんて、架空の境界線争いなどをしていますよね。
ちなみに、「5」という数字は、肺にいつもついてまわる数字です。まず、肺は、右が上葉、中葉、下葉の三葉から、左が上葉、下葉の二様(心臓があるため)の「5つ」のパーツで出来ています。
また、おなかの中胎児は、4週目の終わりから「5」週目にかけて、気管支の分岐を始めます。このとき、体幹からは同時に、手足の分岐も始まるのです。
手の指も、足の指も「5」本であるのは、肺の「5」という数字と関係があるのです。太古の昔、肺呼吸を獲得した陸上生物は、手足の発達も同時にしなければなりませんでした。肺と手足による移動は、必然的に協調しなくてはならなかったのです。それが、おなかの中の胎児の分化にも表れているのです。
風邪の予防に、よく「手洗い」が励行されるのは、手のひらの上の環境が、どこかで肺の環境と連動しているから、と言えます。手のひらの環境って、例えば、温かい冷たいひとつとっても人それぞれですからね。
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さあ、ではこの季節にとっておきのエクササイズをご紹介して終わりにしましょう。
手のひらを前に出します。
息を吐き出しながら、手のひらをグーにします。
気管支が収縮して、すべての空気を吐き出すイメージ。
つぎに、息を吸いながら、手のひらをパーにします。
気管支が開いて、肺にめいっぱいの空気を満たすイメージ。
グー、パーしながら、しばらく呼吸と連動させます。
この生命の基本が教えてくれるエクササイズで、ぜひ大気とのつながりに適正な距離を!多少の風邪など、自分のカラダの力で防いでしまいましょう。