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マネジメント

第11回 経営者だけが知らない「本当の会社」~最も忠実な社員ほど、問題を隠している~

ピョートル・F・グジバチの『経営戦略の新常識』

 あなたが最後に、部下から「これは本当にまずいです」と報告を受けたのは、いつでしょうか。半年ほど前でしょうか。1年前でしょうか。

 もし1年以上前なら、次のどちらかです。本当に問題がないか。問題が、あなたに届かなくなっているか。

 私の経験では、後者のほうが圧倒的に多い。

 20年以上、組織の内側と外側の両方から企業を見てきて、確信していることがあります。経営者が見ている会社と、実際に存在する会社は、少しずつズレていく。そして、そのズレは経営者本人には見えません。

 なぜなら、経営者が見ている景色そのものが、すでにフィルターを通した情報だからです。私はこれを「情報の静かな歪み」と呼んでいます。

 

最も忠実な社員ほど、問題を隠している

 ここで、多くの経営者が誤解していることがあります。問題を隠すのは、不満を持った社員ではありません。最も忠実な社員です。

 多くの経営者は、長年一緒に働いてきた社員を信頼しています。「彼は何でも正直に言ってくれる」と。しかし現実は、むしろ逆です。長く働いている社員ほど、悪い情報を上げなくなります。

 なぜでしょうか。

 20年一緒に働いてきた社員は、あなたの苦労を知っています。会社が苦しかった時期も、あなたが夜中まで働いていたことも、全部見てきた。だからこそ、こう思うのです。「これ以上、社長に心配をかけたくない」と。

 問題が起きても、すぐには報告しない。まずは自分で何とかしようとする。小さいうちに処理しようとする。それが「忠誠心」だと考えているからです。

 一方で、入社したばかりの社員はまだ空気を読めません。「これ、おかしくないですか?」と素朴に聞いてきます。しかし半年もすると、その社員も学習します。「この会社では、そういうことは言わないものだ」と。

 こうして、組織の中である奇妙な現象が起きます。現場は問題を知っている。中間管理職も知っている。しかしトップだけが「会社は順調だ」と思っている。組織の中で最も情報が少ないのが、経営者本人になる。

 

善意の沈黙は、見つけにくい

 欧米の研究では、社員が黙る理由として「恐怖」や「無力感」が挙げられることが多い。しかし、日本の中小企業では少し事情が違います。

 社員は、あなたを守るために黙っている。

 「社長を困らせたくない」「場の空気を乱したくない」「自分で何とかすべきだ」──これは恐怖ではありません。配慮です。そして、忠誠心です。

 だからこそ厄介なのです。怒っている社員は分かります。不満を抱えている社員も分かります。しかし、あなたを思って黙っている社員は、問題があるように見えません。表面上は、何も起きていないように見える。

 

二つの「会社」が生まれる

 毎月、現場では小さな問題が起きています。顧客の不満、社員の違和感、市場の変化の兆候。その一部は、あなたの耳に届きます。しかし、届かないものもある。

 届かなかった情報は、消えるわけではありません。現場には残っています。ただし、経営者の頭の中には入ってこない。

 その結果、二つの「会社」が生まれます。ひとつは、現場で実際に起きている会社。もうひとつは、経営者が認識している会社。この二つの間に、少しずつズレが生まれていきます。

 このズレは毎月広がっていきます。1か月では小さな差です。しかし5年経てば、経営者が経営していると思っている会社と、実際に存在している会社は、かなり違う姿になっているかもしれません。

 しかも、このズレは自分では感じられません。なぜなら、人は常に「自分が見ている情報」を現実だと思うからです。

 

後継者は、あなたの「目」を引き継げない

 事業承継を考えている経営者も多いでしょう。工場、設備、顧客、取引先、キャッシュ。これらは引き継ぐことができます。しかし、一つだけ引き継げないものがあります。あなたの30年分の「目」です。

 長年経営してきた経営者には、独特の勘があります。現場を歩けば空気で分かる。数字を見れば違和感に気づく。報告されなくても「何かおかしい」と感じる。しかし、それは30年かけて培った能力です。後継者には、それがありません。

 後継者が頼れるのは、組織から上がってくる情報だけです。

 もし会社の中に「沈黙の文化」があるなら、後継者は、あなた以上に現実が見えない状態で経営することになります。あなたが引き継ぐのは、会社だけではありません。組織の「情報の流れ方」も引き継ぐのです。

沈黙を作っているのは、誰か

 ここで少し厳しいことを言います。多くの経営者はこう言います。「うちの社員は、問題を報告しない」と。しかし実際には、社員は経営者の反応を学習しているだけです。

 例えば、ある製造業の社長の話です。会議で部下が「A社との取引で、少し問題が…」と言いました。すると社長は眉をひそめて言いました。「問題? 何をやってるんだ。A社は大事な取引先だぞ」

 社長に悪気はありません。重要な取引先だから心配しただけです。しかし、その瞬間に会議の空気は変わりました。その後の報告はすべて「特に問題ありません」になった。

 社員たちは学習したのです。「問題を報告すると、心配される前に責められる」と。このような小さな反応の積み重ねが、組織の「聞く構造」を形作ります。そして一度できた構造は、意識的に変えない限り、変わりません。

 

「聞く構造」を変えるには

 「報連相を徹底しよう」と言っても、状況は変わりません。変えるべきは、社員の「出し方」ではなく、経営者の「聞き方」です。

 具体的には、質問の形を変えることです。

 「大丈夫か?」と聞くと、「大丈夫です」と答えるのが正解になります。

 代わりにこう聞いてください。「一番心配なことは何ですか」「私が見落としていることはありますか」──質問の形を変えるだけで、情報の質は大きく変わります。

 そして最も重要なこと:悪い報告をしてくれた社員には、必ず感謝を伝える。「教えてくれてありがとう」の一言が、次の報告を生み出します。

 ただし、急に変えると社員は混乱します。まずは1対1の場で、軽く「最近、気になることはあるか」と聞いてみる。何か報告があったら「ありがとう」と伝える。それを数週間続けて、少しずつ会議の場でも同じ聞き方をしていく。組織は、経営者の新しい反応を学習するのに時間がかかります。

 

最後に、一つの問い

 最後に、一つだけ質問を残します。

 あなたの会社では、悪いニュースほど早く届きますか。

 もし自信を持って「はい」と言えないなら、あなたが見ている会社と実際の会社の間には、すでにズレが生まれているかもしれません。

 そのズレは、あなたが気づかないまま、毎月少しずつ広がっていきます。

 そして、あなたがいなくなった後も、その構造だけは残ります。

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