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マネジメント

時代の転換期を先取りする(6) ニクソン訪中

指導者たる者かくあるべし

 毛沢東との歴史的会談

 米中関係改善をテコに世界構図の大胆な転換を目指す米国大統領リチャード・ニクソンは、1972年2月21日、北京空港に降り立った。大統領補佐官のヘンリー・キッシンジャーが前年に二度の訪中(7月、10月)で首相の周恩来との間で積み上げた米中接近の詰めを、大統領として確実なものにする目的があった。中国側は、まず一行を毛沢東の私邸に呼び入れた。中国の土を踏むまで毛沢東と会えるかどうかは賭けだったが、周恩来としても、米国側の本気度をトップ同士で確認してもらう必要がある。両国の呼吸は合っていた。

 この訪中時の会談内容は極秘とされたが、1999年になって機密扱いが解除されている。その中身は興味深い。勢い込んで台湾、ベトナム、朝鮮と日本、インドの情勢について切り出すニクソンを毛沢東が制する。

 「厄介な問題はあまり話し合いたくありません。哲学の話題がいい」。細かい話は周恩来と話し合ってくれという趣旨だが、ニクソンは畳み掛ける。

 「この部屋の中だけのことですが、ソ連はヨーロッパ国境よりもあなた方との国境になぜ多くの軍隊を置いているのか自問してみないといけません。日本の将来はどうかも自問すべきです。私たちの見解は一致していませんが、日本は全くの無防備で中立でいる方がいいのか、しばらくはアメリカと何らかの関係を持っていた方がいいのか」。

 中国が最大の懸念を持つ中ソ国境の緊張と、日本の軍事大国化についての米国の立場を伝えた。ソ連が国境で大規模攻撃を意図するなら米国は阻止するし、日米安保が日本の膨張政策を抑える力となる。キッシンジャーが周恩来を通じて伝えていた米国の意思が本物であることを大統領の口から確認したことになる。

 実務方の積み上げをトップが裏打ちする。それがトップ会談の役割だ。このやり取りで以後の実務会談は軌道に乗った。

 官僚を外して話を進める

 ニクソン訪中団の会談は、ある種奇妙な、興味ある方法で勧められた。訪中団には国務長官のウイリアム・ロジャース以下の国務省の官僚たちも同行しているが、この毛沢東・ニクソン会談には同席していない。キッシンジャーと国家安全保障会議のスタッフだけが立ち会った。さらに世界情勢について米中の立場を確認するために5度開かれたニクソン・周恩来会談も国務省官僚は外して行われ、共同コミュニケ(会談成果の発表文)のすり合わせからも外された。ニクソン、キッシンジャーが、米中接触より対ソ交渉優先路線の国務省方針を嫌っていたこともあるが、これまでの常識を破る外交方針の一大転機に「官僚作業」は不向きだと見てとったのだ。実務能力に長けた官僚たちは、前例踏襲的な作業では、精緻な文言選択などで威力を発揮するが、この時のような新基軸を打ち出す作業では、細部にこだわり、大枠が進まなくなる。

 案の定、一連の会談が進み、キッシンジャーが中国側と詰めたコミュニケ文案を訪中日程の最終盤で初めて見ることになったロジャーズら国務省サイドは激怒して、修正の筆を入れ始めた。キッシンジャーは、若干の修正で押し切った。

 微妙な点をあえて触れないという知恵

 国務省が最後までこだわったのは、コミュニケ文案に、米台防衛条約がまったく触れられていないのはおかしいということだった。コミュニケは、対立した事柄については、双方の主張を書き込むスタイルをとる。米側が「米国は米台防衛条約を維持すると主張した」と書き込めば、中国側は「米台条約を破棄するように主張した」と書きこまざるを得ない。これでは対立点が鮮明になり、米側が米中和解の大原則である「一つの中国」を容認した大英断がかすんでしまう。キッシンジャーは、「あえて米台条約の扱いを書き込まなくても、関係改善後も条約は維持するという大統領が訪中前に表明している意思に変わりはない」と説得した。

 この文言で苦心したのは、周恩来も同じだった。トップの毛沢東が米中和解に舵を切ったとはいえ、共産党政治局内では、「反米派」が主導権を持っている。コミュニケ発表後にこの点について政治局で説明を求められた彼は言った。

 「和解が進めば、台湾に駐留する米軍は撤収する。米軍がいなければ、米台防衛条約に意味はない」

 大筋での合意のためには、対立点はあえて触れない。米中指導者の知恵が和解の道を一歩進めた。

(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com

 

※参考文献
『ニクソン訪中機密会談録』毛利和子、毛利興三郎訳 名古屋大学出版会
『キッシンジャー秘録 3 北京へ飛ぶ』ヘンリー・キッシンジャー著、桃井真監修 小学館
『ニクソンとキッシンジャー』大嶽秀夫著 中公新書

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