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採用・法律

第176回:赤字事業を会社分割すると、従業員はどうなるのか?!(前編)

中小企業の新たな法律リスク

小田社長は、生鮮食品の仕入れ・販売、卸売事業及び加工食品製造事業を営んでいるところ、近年、仕入・販売事業、卸売事業は堅調である一方、加工食品製造事業は原材料費や人件費の高騰により赤字が続いている。

そこで小田社長は、経営改善のため、加工食品製造事業を会社分割によって別会社へ切り出すことを検討している。もっとも、会社分割に伴う従業員の取扱いに不安があることから、賛多弁護士に相談することにした。

**********************

小田社長:先生、当社は生鮮食品の仕入・販売と卸売部門は順調なのですが、加工食品の製造部門だけが赤字続きなんです。

 

賛多弁護士:よくある悩みですね。

 

小田社長:そこで、会社分割を使って、製造部門だけを別会社に切り出したいのですが、従業員はどうなるのでしょうか。

 

賛多弁護士:会社分割では、分割契約等で定めた対象事業に関する権利義務が、効力発生日に承継会社へ包括的に承継されます。

 

小田社長:一括して引き継がれるのですか。

 

賛多弁護士:はい。たとえば製造部門を移す場合、工場や機械設備、在庫、売掛金、取引先との契約は、原則として個別の承諾を得ることなく承継会社へ移転します。

 

小田社長:すると、従業員との雇用契約も一緒に移るのでしょうか。

 

賛多弁護士:はい。雇用契約も承継の対象となります。ただし、労働契約については労働者保護の観点から特別なルールが設けられています。

 

小田社長:では、会社が自由に「この従業員は移す」「この従業員は残す」と決められるのですか。

 

賛多弁護士:そこが労働契約の特殊なところです。労働契約は単なる契約ではなく、労働者の生活の基盤ですから、会社の判断で自由に承継の有無を決めることができてしまうと、労働者保護に欠けるおそれがあります。そこで、会社分割における労働者保護のために設けられたのが「労働契約承継法」です。

 

小田社長:どのような法律なのでしょうか。

 

賛多弁護士:簡単に言えば、「承継する事業に主として従事している労働者については、原則として労働契約も承継会社へ引き継がれる」という考え方を定めた法律です。

 

小田社長:たとえば、当社の製造部門で働いている従業員はどうなりますか。

 

賛多弁護士:製造ラインの従業員や品質管理担当者、工場長など、加工食品製造事業に主として従事している従業員であれば、原則として承継会社へ移ることになります。

 

小田社長:本人の同意は必要でしょうか。

 

賛多弁護士:原則として、個別の同意までは不要です。会社分割は包括承継ですから、適法な手続を経れば、労働契約は承継会社へ移転します。

 

小田社長:労働条件も変わるのでしょうか。

 

賛多弁護士:いいえ。賃金、職務内容、勤続年数、有給休暇、退職金に関する権利関係などは、原則としてそのまま引き継がれます。会社分割によって労働条件がリセットされるわけではありません。

 

小田社長:従業員が「新会社へは行きたくない」と言った場合はどうなりますか。

 

賛多弁護士:労働契約承継法は、労働者に一般的な拒否権を認めているわけではありません。そのため、適法に承継対象となった労働者は、単に「行きたくない」という理由だけで承継を拒否することはできません。

 

小田社長:それでは会社の判断が優先されてしまいませんか。

 

賛多弁護士:そのようなことがないよう、法律は労働者保護のための手続を設けています。

 

小田社長:どのような手続ですか。

 

賛多弁護士:まず「7条措置」です。会社は、会社分割の目的や内容、労働者への影響などについて説明し、理解と協力を得るよう努めなければなりません。

 

小田社長:正社員だけが対象なのですか。

 

賛多弁護士:いいえ。7条措置は、正社員・契約社員・パート・嘱託職員などの雇用形態を問わず、すべての労働者が対象となります。

 

小田社長:どのような説明が必要でしょうか。

 

賛多弁護士:たとえば、次のような説明を行うことになります。

 ・なぜ会社分割を行うのか

 ・会社分割後の分割会社と承継会社の債務の履行の見込み

 ・承継される事業に主として従事する労働者に該当するか否かの判断基準

 ・会社分割に当たり労働者との間に生じた問題の解決手続

 

小田社長:従業員全員と個別に面談しなければならないのですか。

 

賛多弁護士:必ずしもそうではありません。労働組合や過半数代表者への説明などによって行うことが一般的です。

 

小田社長:分かりました。そのほかにすべきことはありますか。

 

賛多弁護士:「5条協議」が必要です。これは、会社分割によって影響を受ける従業員に対し、労働契約の取扱いや承継後の勤務条件などを説明し、意見を聴く手続です。

 

小田社長:協議ということは、同意を得なければならないのですか。

 

賛多弁護士:いいえ。5条協議は同意取得の手続ではありません。会社が十分に説明し、従業員の意見を聴くことが求められているのであって、最終的に全員の賛成を得ることまでは要求されていません。

 

小田社長:7条措置と5条協議は別の手続なのですか。

 

賛多弁護士:はい。7条措置は全体への説明、5条協議は対象となる労働者への個別説明・意見聴取と考えると分かりやすいでしょう。

 

小田社長:分かりました。説明や協議をした後はどうなるのですか。

 

賛多弁護士:その後、会社は、承継の対象となる事業に主として従事する各従業員に対し、当該従業員の労働契約が承継されるか、元の会社に残るのかを正式に通知します。これが2条通知です。

 

小田社長:なるほど。まず全体への説明を行い、その後に対象者と協議をし、最後に正式な通知をするのですね。

 

賛多弁護士:そのとおりです。

 

小田社長:通知を受けた従業員は、異議を申し出ることもできるのでしょうか。

 

賛多弁護士:一定の場合には可能です。ただし、会社分割そのものに反対したり、「新会社へ行きたくない」という理由だけで拒否したりする制度ではありません。

 

小田社長:どのような場合に認められるのですか。

 

賛多弁護士:例えば、本来は承継会社へ移るべき従業員が対象から外された場合や、反対に、本来は承継対象ではない従業員が承継対象とされた場合です。

 

小田社長:つまり、会社による不合理な人選を防ぐ制度なのですね。

 

賛多弁護士:そのとおりです。異議申出制度は、会社が承継対象者を恣意的に選別することを防ぐための制度です。

 

小田社長:よく分かりました。ただ、当社としては製造部門の赤字が続いています。会社分割によって事業を切り出せたとしても、その後に人員が余ってしまう可能性があります。その場合、会社は従業員を解雇することができるのでしょうか。

 

賛多弁護士:そこは会社分割を検討する経営者の方が最も気にされる点ですね。会社分割と解雇の関係については、誤解されていることも少なくありませんので、次回詳しくご説明しましょう。

**********************

会社分割は柔軟な組織再編手法ですが、労働契約の承継に関する手続を軽視すると重大な労務リスクにつながります。そのため、7条措置・5条協議・2条通知といった一連の手続を適切に実施し、労働者の理解と個別対応を丁寧に進めることが重要です。

 

執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 西村舞

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