長年、工作機械メーカーを経営してきた石川社長は、そろそろ引退して長男に会社を継がせようと考えて、賛多弁護士に相談に来られました。
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石川社長:私も高齢になってきたのでそろそろ引退して、長男に会社を継がせようとついに決断しました。具体的にどのように事業承継を始めればよいでしょうか。
賛多弁護士:長い間お疲れ様でした。息子さんが承継者にいらっしゃるのは安心できますね。事業承継を行ううえで、会社の株式を承継者に集約させることが大切です。株式が分散していると承継者は安定して経営を行うことができませんから。現在の会社の株式の保有状況はどうなっていますか。
石川社長:現在、私が100%保有しています。
賛多弁護士:なるほど。たしか社長には長男の他に次男がいらっしゃいましたよね。そうすると、何もしないと相続が発生した場合に株式が分散してしまうリスクがあります。
石川社長:そうなんです。あまり兄弟同士仲が良くないため、私が死んだあと会社がどうなるか不安です。でも、全株式を長男に相続させる旨の遺言を書いておけばいいんじゃないですか。
賛多弁護士:遺言はもちろん効果的な手段です。ただ、遺言によって他の相続人の遺留分を侵害しないように留意する必要があります。特に株式の他にめぼしい財産がない場合に、遺言によって株式すべてを長男に相続させしまうと、次男の遺留分を侵害する恐れがあります。
石川社長:実は私の財産は株式の他には僅かな預金しかありません。遺留分を侵害する場合はどうなりますか。
賛多弁護士:遺留分を侵害された次男は、長男に対して侵害額に相当する金銭(代償金)を請求できます。特に株価が高い場合は侵害される遺留分の金額が大きくなるため、長男は多額の代償金を支払わなければなりません。
石川社長:それは長男も経営に専念できないですね。困りました。何かいい手はないですか。
賛多弁護士:遺言を作成するにあたっては遺留分を侵害しないように注意するべきなのですが、株式の他にめぼしい相続財産がないような場合は、一定の株式を次男に相続させざるを得ませんね。その場合でも、議決権のない種類株式を発行して、議決権のない種類株式を次男に相続させ、議決権のある普通株式を長男に相続させることで、議決権を長男に集約できるので、安定した経営が可能となります。
石川社長:なるほど。株は分散するけど議決権は長男のみが行使できるわけですね。そうすることで、次男も株から配当も受けられるため安心ですね。
賛多弁護士:その他に相続人等に対する売渡請求権という制度があります。これは一旦次男に一部の株式が相続されてしまっても、後で会社が次男から株式を強制的に買い取ることができます。
石川社長:しかし、会社が株式を買い取るとなると会社に買取資金があることが前提となりますね。
賛多弁護士:そのとおりです。会社には株式の買取資金が必要になります。また承継者も遺留分侵害の場合の代償金の支払や相続税の支払いなどに備えて一定の資金を準備しておくのが望ましいと思います。
石川社長:なるほど。それでは資金の準備をするためにももうひと頑張りしたいと思います。
賛多弁護士:その勢いでしたら、引退はまだまだ先になりそうですね‥‥!
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今回は、事業承継のうち親族内に後継者候補がいるケース、いわゆる「親族内事業承継」がテーマです。親族内事業承継では、後継者が安定した経営を実現するために、株式(厳密には議決権)を後継者に集約させることが大切です(もちろん相続税対策なども重要ですが本稿では割愛します)。
株式を後継者の一人に集約させるうえでハードルとなるのは遺留分制度です。遺留分制度とは、残された親族の生活を保障するため、一定の法定相続人に相続財産の一定割合(遺留分)の取得できる制度で、遺言によっても奪うことはできません。
遺留分が侵害された相続人は、相続財産を受け取った者に対してその侵害額に相当する金銭の請求をすることができます。そうすると、後継者はせっかく株式すべてを相続しても、他の相続人から多額の請求を受けてしまうという不安定な立場に陥ってしまいます。
そのため、遺言を作成する場合でも、後継者以外の相続人に株式以外の財産を相続させるなどして、他の相続人の遺留分を侵害しないように留意するのが望ましいです。
株式の他にめぼしい財産がない場合、種類株式(会社法108条)を活用することで遺留分を侵害しないようにできます。本文に挙げた一例は種類株式のうち無議決権株式を利用した方法です。あらかじめ無議決権株式を発行して、無議決権株式を後継者以外の相続人に、普通株式(議決権のある株式)を後継者にそれぞれ相続させることによって、後継者は会社の議決権を集中させ、かつ他の相続人にも相続財産を分配することができます。その他の種類株式を活用することによっても柔軟に株式を承継させることが可能になります。
相続人等に対する売渡請求権(会社法174条)は、相続によって株式の分散を防ぐため、会社が相続人から株式を強制的に取得できる権利です。これによって一旦承継人以外の相続人に相続された株式を後で会社が買い取ることができます。ただし、会社が売渡請求を行うには株主総会の特別決議が必要になるため、承継人が3分の2以上の議決権を保有していないと売渡請求権の行使が難しくなります。また、会社による株式の買取金額は、相続人との協議によりますが、協議が整わないと時価で買い取ることになるため、会社に株式の買取資金を準備しておく必要があります。
事業承継を円滑に進めるうえでのもう一つの課題は資金の準備です。事業承継の際には、会社や承継者には、株式の買取資金、遺留分の代償金や相続税の納税資金などまとまった資金が必要となるケースが多いです。資金確保の手段として、例えば、現社長を被保険者、受取人を後継者や会社とする生命保険を掛けておく、各種金融機関や保証協会などでは事業承継のための特別な融資制度を利用するなどの方法があります。
鳥飼総合法律事務所 弁護士 北口 建