■富士山の周辺に温泉が少ない理由
「富士山の見える場所に温泉なし」という言葉がある。富士山は日本を代表する巨大な活火山であるにもかかわらず、その山麓には自然に湧き出る源泉をかけ流しにした温泉施設は少ない。富士山の眺望を売りにした温泉施設の多くは、ボーリングで地中深く掘削した源泉で、そのほとんどが循環ろ過されているのが現実だ。
その理由は、富士山に降った雨や雪は浸透性の高い玄武岩の溶岩層を通り、地下へと染み込んでいくものの、地下深くのマグマ(熱源)に到達して温められる前に、冷たい地下水のまま山麓のあちらこちらから「名水」(忍野八海など)として湧き出てしまうからだ、といわれている。
「富士山を見ながら、かけ流しの上質な温泉に浸かれたら……」というのは、温泉ファンの切ない願いだが、北海道の「蝦夷富士」であれば、その夢が叶う。
蝦夷富士とは、北海道の名峰「羊蹄山」の呼称である。近年、インバウンドの人気を集めているニセコエリアにある標高1898mの活火山で、円錐状の山容が富士山を彷彿とさせる。日本百名山のひとつにも選ばれている。筆者も日本全国を旅してさまざまな山を見てきたが、羊蹄山の美しさは五本の指に入ると思っている。
北海道の中西部・真狩村にある「まっかり温泉」は、羊蹄山の南側に位置する公共の日帰り温泉施設。真狩村は農業を基幹産業とする小さな農村地帯で、じゃがいも、だいこん、にんじん、ユリの根などが栽培されている。まっかり温泉の建物も、畑の中にぽつねんと立っているイメージだ。
周囲に温泉街があるわけでもなく、宿泊施設を備えているわけでもないが、地元の入浴客や観光で訪れた人の姿が絶えない。

■手つかずの大自然を一望
男女別の浴場は内湯と露天風呂を備えているが、肝心の絶景は露天風呂から眺めることができる。10人くらいが入れそうな岩づくりの露天風呂の目の前には広大な畑と林が広がり、その先には羊蹄山がドーンと鎮座している。ビルや住宅などの建物はもちろん、手前に視界を遮る人工物がほとんどないので、羊蹄山が迫ってくるように感じられる。
どんなに絶好のロケーションであっても、プライバシーの保護(覗き見防止)や法的規制などから、壁やすだれ、植栽などで視界を遮らざるを得ない露天風呂は少なくないが、まっかり温泉の露天風呂は、気持ちいいほどに視界が開けていて、羊蹄山の山容がはっきりと見られる。広大な大自然を誇る北の大地らしい露天風呂といえるだろう。
街中の銭湯の壁には、よく富士山が描かれているが、まっかり温泉の露天風呂は毎日、本物の蝦夷富士を眺めながら入浴できる。なんと、贅沢なことだろう! 抜けるような青空を背景にした夏の羊蹄山も美しいが、冬の雪化粧をした羊蹄山も絶景に違いない。
■毎日絶景、毎日温泉
景色だけでなく、温泉も上質だ。泉質はナトリウム-塩化物・硫酸塩・炭酸水素塩泉。わずかに黄色をおびた透明湯がかけ流しにされている。さまざまな成分が含まれているわりに、すべすべとしたやさしい肌触りで、長湯するのも苦にならない。
筆者が羊蹄山の絶景に見とれていると、地元の中年男性から声をかけられた。「観光かい?」。見慣れぬ顔だとすぐにわかったのだろう。
「こんなすばらしい景色を温泉から見られるなんて最高ですね」。筆者がそう言うと、男性はこう言って胸を張った。「この絶景があるから、家の風呂には入らず、毎日この温泉に通っている」。
毎日絶景、毎日温泉。そんな贅沢な湯浴みができる地元の人を心の底からうらやましいと思った。
なお、まっかり温泉の名物グルメは、地元名産のじゃがいもを使った白いポテトムースに表面を覆われたラーメン。その個性的なビジュアルも話題となっている。


















