事業において何かの新展開を期そうと決めても、ややもすると進捗が芳しくないために、途中で頓挫するという場面は出がちですね。その結果、「やっては、やめて」を繰り返すことになってしまいます。
全国各地を取材していますと、自治体と民間事業者による官民連携のプロジェクトで、この「やっては、やめて」が少なからず見受けられる印象があります。
ところが「やっては、やめて」の繰り返しに陥らずにプロジェクトを続けて、結果として答えを出せている地域というのもちゃんとある。今回はその一例をお伝えしましょう。
島根県の隠岐諸島のひとつである中ノ島。自治体の名は海士町(あまちょう)です。地域ブランディングに果敢に挑み、いっときは人口が3分の1にまで元気減するという状況から、2010年代には下げ止まりし、昨年2025年にはついに人口増まで果たしたという、いわば奇跡の島です。同県の松江にあるフェリー乗り場からおよそ4時間もかかる離島なのにもかかわらず、人口増というのは、大変な成果であると思います。
「ないものはない」というキャッチフレーズを掲げ、2000年代に入ってから海士町は官民あげて施策を矢継ぎ早に打ちます。ざっとお伝えしましょう。
島で獲れたり養殖したりしている海産物を活かすためのCASという高度な冷凍技術を取り入れた加工施設を、まず設立しました。次に、「島留学」と銘打った、全国から高校生を迎え入れる制度を導入。これは島にあった高校が統廃合によって消滅するのを防ぐためだったといいます。高校がなくなると、家族全員で島から引っ越すというケースも生じかねません。島に暮らす高校生が少なくなったのなら、島外から来てもらおうという話でした。
さらに、国民宿舎だった宿泊施設を大きくリニューアルして、「Entô(エントウ)」という一線級レベルの施設をオープンさせます。1室15万円を超える洒脱なしつらいの客室までつくりました。
重要な施策はまだあります。「大人の島留学」というもので、これは関係人口の増加と、島の働き手を招くための取り組みです。今度は高校生ではなく、大人世代に数カ月から1年の期間、海士町に迎え入れようとしたわけです。
そのどれもが、海士町の機器的だった状況を救う大事な要素として機能しています。ただし…いずれも最初から順風満帆な事業とは限らなかった、と海士町の副町長は教えてくれました。なかには途中でついえかけている事業もあったらしい。
たとえば、先ほど触れたCAS冷凍の技術を活用できる地元産の岩牡蠣の養殖は、途中で町役場の職員さんが事業存続に乗り出しました。島の名物だった「白波」というお菓子は、生産を担う菓子屋さんが撤退したあと、別の店舗が引き継いで、銘菓として売り続けています。高校生の島留学も、最初から絶好調というわけでもなかった。高級宿泊施設となった「Entô」に関しては、本当にそんな設備投資を決めていいのかと、島の中で大きな議論が巻き起こったと聞きます。
そう聞きますと、私としてはどうしても確認したくなります。どうして海士町は「やっては、やめて」の繰り返しとならず、人口激減からの打開策を一貫して取り続け、途中でプロジェクトを瓦解させてしまうのを避けられたのか。
副町長に尋ねると、明快な返答がありました。「危機感を官民が共有して、取り組みを続けるか、やり方を変えて続けるか。この二択しかないと皆が考えた」。
ああ、「やめる」という選択肢がハナからないのだ、と腹を括ったのですね。取り組みは続ける。しかし、ただやみくもに続けるのではなくて、進捗がうまくいかない状況下では、やり方を変えることで取り組みを続けるのだ、と…。
言葉にすれば簡単ですけれど、よくそこまでの覚悟を決められたと思います。その背景にあったのは、官民あげて、そこにある危機を真正面から受け止めたからなのでしょう。
大人の島留学によって海士町にやってきた人だけではない。海士町に暮らす人が危機を踏まえたというところが大きかったのでしょう。だから、岩牡蠣の洋食などにおいては地元の人が事業を引き継ぎ、また、大人の島留学で移住してきた人は、島の人と連携しながらいなや稲作などに臨んでいます。
島の中心部にある一軒の居酒屋は、連日、地元のお客でいっぱいです。ここの店主は大人の島留学によって海士町に来た女性で、もともとあった店舗を引き継いだのだそうです。そうした店を、島の人が日常使いしているのが興味深くもありました。
さらに副町長はこうも話してくれました。「小さな成果でもポジティブ評価としました。『目標の数値に達していないじゃないか』と責め合うのではなくて、『今年度、この数値は少し上がったじゃないか、次年度はさらに数値を上げよう』というふうに、です」。
もちろん、期限を切っての必達目標というのは大事です。でも、必達目標に達していないと切り捨てるだけでは「やっては、やめて」の繰り返しになる。そういう局面では、やめる、ではなくて、やり方を変えて続けるという選択肢があるわけですね。
海士町では、島外で経験を積んだ人の手によって、ウイスキーやクラフトジンの蒸溜所も立ち上がっています。地元のタクシー運転手さんは「知り合いが海士町に来たら、必ずここに連れていきますよ。私自身もその味をきちんと伝えたいから、1杯の値段は確かに相当高いけれども、たまに訪れます」と笑っていました。
皆が腹を括るとは、こういうことなのかもしれません。































