これまで下請け仕事がもっぱらだった地方の町工場が、自社ブランドの商品づくりに着手する事例、このところ、各地で増えています。
少なからぬ町工場はこれまで、取引先から素材を支給され、加工の指示を受ける仕事を続け、そこから得られるのは工賃でした。ただし、工賃頼みですと、売り上げも利益も伸び悩みます。ならば、ここまで培ってきた技術を独自の形で生かそう、という話ですね。
しかしながら、商品をつくっても、今度はどう売るのか、つまり流通企業や消費者に、商品の存在をどのように伝えていくのかが課題となります。厳しい表現をすれば「伝わらなければ存在していないのと一緒」です。
今回は、ある事例を紹介しましょう。この夏、大手流通企業である東急ハンズの新宿店(東京)がテスト販売に乗り出した商品の話。
さあ、どんな商品か。上の画像をご覧いただくとわかるように、バッグなんです。帆布製で、左右が21cm、奥行きが15cm。なんとも可愛いデザインです。商品名は「KURUMI(くるみ)」で、値段は税別3980円。
ただのバッグ? もちろんそうではありません。これ、「保冷バッグに全く見えない保冷バッグ」なんです。たとえば、お弁当や飲み物を、保冷剤といっしょにバッグの中に収めて携える、そんな目的で使うための商品。
開発したのは、岐阜県関市にある北瀬縫製です。総勢わずか13人という町工場で、これまではやはり工賃収入がほとんどという状況でした。そうした状況を変えるため、自社製品の開発は10年来の悲願だったといいます。
保冷バッグに見えない保冷バッグというのは、ありそうでまずなかった商品ですよね。でも、お弁当を毎日の通勤や通学などで携える人にとっては、これは心に刺さる商品ではないかと、私は思いますね。だって、ギラギラのアルミシートが露わになった保冷バッグでは、普段使いで持ち歩くにはちょっと、と感じさせますから。
それにしても、なぜこんな保冷バッグがこれまで出てこなかったのでしょうか。「つくるのが面倒だからではないでしょうか」と社長はいいます。確かに……。しかも、いきなり数十万個売れるような資格のものではありませんから、大手どころの企業は開発をためらったのかもしれません。その点、中小企業であれば、小さな市場性であっても、相応に商売として成り立つ可能性があります。北瀬縫製はうまくそうした部分を突いてきたなあ、と思わせます。
では、北瀬縫製は、この保冷バッグの存在をどのように伝えていったのか。やはりここが重要ですね。
まず、地元の消費者だった、というのです。ここが実に大事なポイントでしょう。試作を重ね、地元のイベントなどに少量を出したら、クチコミで情報が広がり、イベントが終わった後も問い合わせが来るようになった。そして、ちょっとずつ増産してゆき、次は、地元商工団体の助言もあって、岐阜県内で催される商談会に参加したそうです。その商談会で、東急ハンズのバイヤーに出会い、そして一発でテスト販売に応じてもらえる運びとなった。
幸運が重なった? 私はそうは思いません。この経緯には2つの教訓があります。まず「商品を売り込むなら、まず地元から」という部分。地元の人が振り向かないものに対して、大都市圏の消費者が一足飛びに興味を示すということは、そうないんですね。最初は地元から、というのは地域産品の存在を伝えてゆくための鉄則ではないかとすら思います。そしてもうひとつは、商談会、見本市、展示会はやはり重要という話です。いきなり大手メディアが紹介してくれたり、ネット上のインフルエンサー(商品の流行に影響力を持つ発信者)が取り上げたり、ということって、そう期待してはいけない。商談会などから話が進展するケース、こと地域産品では結構存在します。
この「KURUMI」、そのデザインだけが面白いわけではありません。
実は、保冷機能を業務用のバッグ並みに高めています。可憐なバッグに見えて、実力派でもあるんですね。内側は五層構造になっているんです。
なぜそこまで徹底した機能なのか。北瀬縫製は業務用保冷バッグを製造し続けてきた経験から、「一般消費者向けの保冷バッグって、間違ってはいないか」という疑問を抱いたそうです。ただ単にアルミシートを貼ればいいのか、保冷機能は本当にに謳い文句に追いついているか、と。
だから、姿かたちは可愛くても、保冷機能については業務用の“本物”の水準を目指したというのですね。
「プロのプライドを賭けた部分でした」。北瀬縫製はそう振り返ります。こうした細部(しかし極めて重要な部分)に心を砕いた仕様を貫いたからこそ、大手流通企業のバイヤーを振り向かせられたのではないでしょうか。