先日、経済同友会で講演を行った。同会の事務局から頂いたテーマは「中国は中長期的に日本の直接投資を望んでいるか?」だった。中国経済の減速が続き、特に日中関係が悪化する中、会員企業から強い関心が寄せられるからだ。この質問に答えるために、まず中国経済と日中関係の動きを正しく認識しなければならない。
中国経済について、日本のマスコミでは「ハードランディング」という悲観論が充満しているが、私は違うと思う。「ハードランディング」とは、一般的には経済成長が一気にマイナスに転落するか、または5ポイント以上下落する場合を指す。筆者が調べたところ、中国は過去50年間、3回もハードランディングが発生した。1967年(▼7.2%)、1976年(▼2.7%)及び1989年(7.2ポイント下落)である。1967年には劉少奇国家主席の失脚があり、1976年には鄧小平の3度目失脚、毛沢東の死去、四人組の逮捕という一連の政変があり、1989年は「天安門事件」の発生と趙紫陽総書記の失脚が起きている。いずれも「政変」の年に経済成長が挫折したのである。経済問題でハードランディングするケースは一回もなかったのだ。これは中国のこれまでの経験則となっている。
今、習近平政権は確かに様々な課題を抱えているが、総じて安定的に政権運営を続けていると見ていい。政変が起きない限り、経済成長挫折の可能性は極めて低い。
一方、経済面からみれば、確かに内外環境の不確定要素が多く、今年も景気減速が続く可能性は高い。しかし、中国政府は多くの政策手段を持っているため、必要であれば躊躇なく景気刺激策を発動するに違いない。従って2014年の中国経済は減速が避けられないが、失速のシナリオが考えにくい。最終的に7%成長に着地すると見ていい。
日中関係について、昨年末の安倍首相の靖国参拝によって、中国政府は対日批判を強め、双方の強硬姿勢が目立つ。日中首脳会談は未だに実現のめどが立ってない。この難しい局面は暫く続くだろう。
しかし、日中関係はこれ以上悪化する可能性も小さいと思う。今年11月、APEC首脳会議は北京で開催する。中国は議長国として、この重要なイベントをぜひ成功させたい。安倍首相も出席する予定である。日中関係改善の絶好のチャンスである。首脳会談が実現できるかどうかは今、世界に注目される。
実は、双方とも水面下で関係改善および首脳会談の可能性を探る努力をしているようである。今月上旬、「親日派」と言われる胡耀邦元総書記の長男・胡徳平さんが外務省の招きで来日した。かつて党中央統一戦線部副大臣を務めたことがあるが、今は民間人の立場にある。日本滞在中、菅内閣官房長官、岸田外務大臣、高村自民党副総裁、福田・鳩山両元首相など日本側の要人は、民間人の立場にある胡さんと相次いで会談した。安倍首相も極秘に胡さんと会談した。尋常ではない破格の厚遇の背景には、胡さんは習近平国家主席と親交があり、直接に提言できる人物であるからだ。一連の会談を通じて、双方は首脳会談の可能性及び日中関係の着地点を探っていることが容易に想像できる。いずれにしても11月のAPEC首脳会議に向けて、日中関係改善の動きが出てくる可能性が高い。
日中経済交流については、既に「経冷」から脱却し、「経温」の段階に回復している。モノ、ヒト、カネの流れから見ても、経済交流は落ち着きを取り戻しつつある。特に、自動車分野は「経温」のけん引役となっている。
上述した中国政治・経済および日中関係というマクロ的な環境のなかで、中国は中長期的に日本の直接投資を望んでいるのだろうか?筆者は昨年3月以降、5回も中国現地調査に向かい、地元の政府関係者、学者、企業経営者、および中国進出日系企業への取材を続けている。結論から言えば、中国は日本の直接投資に対し、望む分野と望まない分野の両方があるのである。
まず、望まない分野を述べよう。現在、中国の製造業は生産過剰の分野が多く、特に鉄鋼、セメント、平板ガラス、電解アルミなど4分野は3割前後が過剰となっている。中国は生産過剰分野の新規投資を厳しく規制し、外資も歓迎しないのは実情である。また、紙・パルプや化学品など環境汚染が生じる分野の外資も歓迎されない。
望まない分野がある一方、歓迎される分野も多い。具体的には次の4つの分野が挙げられる。
1つ目は環境保全分野。今年3月、李克強首相は全人代閉幕後の記者会見で、大気汚染に「宣戦布告する」と宣言した通り、現在、中国では深刻な環境汚染に直面している。環境保全分野における外資は、当然、歓迎されるだろう。
具体的にPM2.5を例にしよう。まず測定機器関連分野である。環境基準が策定され、PM2.5の観測が始まった中国だが、今実施されているのは74の主要都市だけである。全国すべての地域に適応されるのは2016年からであり、多くのところではまだ設置がされていない。具体的な数をいうと、2016年には660都市に広がる予定である。そのため、計測器に関しては需要増となるはずだ。
この分野の企業で注目なのは、電子機器大手の浜松ホトニクスだ。同社は2014年1月8日に中国の新工場でPM2.5の計測器生産を2月から始めると発表した。実際、生産開始するのは、同社の現地合弁子会社、北京浜松光子技術股分有限公司(北京浜松)。北京市と天津市の間の廊坊市にある工場に新棟を建設して計測器を生産・販売する。北京浜松は既に北京市と河北省などに計測器約1000台を納入した。今後、PM2・5の観測が中国全土で行われることになれば、需要は大きく膨れ上がることになる。測定関連企業は真っ先に恩恵を受けるだろう。
マスク関連と空気清浄機メーカーも大幅な需要増が期待できる。マスクについては、ダイワボウホールディングス、日本バイリーン、ニッセイボウホールディングスなどの企業がマスクを製造しており、日本のマスクはとにかく質が高い。空気清浄機については、ダイキンやシャープおよびパナソニックなどは、エアコンや空気清浄機の関連機器を製造し、中国ではすでに有名だ。これらの日本企業も恩恵を受けるはずだ。
2つ目は省エネ分野である。例えば、電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)。日本企業は技術、品質、デザインなどにおいて、いずれも世界をリードし、環境汚染に悩む中国では本領発揮の出番が出てくる。
3つ目は先端技術分野。例えばTHK社のLMガイドである。THKはLMガイドのパイオニアで、国内12工場、海外16工場を持ち、国内シェア70%、世界シェア50%以上を占める業界最大手である。筆者が昨年11月に視察した無錫工場はTHKの海外工場の1つとして、2004年3月に設立した中国最初のLMガイド生産工場である。降幡明総経理の説明によれば、需要が旺盛のため、同工場のキャパシティーは過去5年間で3倍も増強しており、生産ラインは3交代でフル稼働している。
4つ目はサービス業分野である。日米欧先進国では、サービス業がGDPに占める割合は7割前後を占めるが、中国は45.4%(2012年)しか占めず、製造業の49%より低い。中国のサービス業は遅れており、外資の参入余地が大いにある。実際、2013年に製造業分野における対中直接投資が6.6%減少したのに対し、サービス業への直接投資は14.1%増となっている。サービス業分野は有望な投資分野であることは言うまでもない。良い実例は昨年11月に筆者が訪問した中国湖南省平和堂である。
周知の通り、湖南省平和堂はスーパー平和堂の中国現地法人であり、2012年に発生した反日デモで最大の被害を受けた日系企業である。この平和堂は中国撤退せず、現地の市場ニーズにこたえるために、さらに昨年4月に長沙市内に4号店を新たにオープンしたのである。
要するに、日本企業は対中直接投資を行う際、実際の中国の市場ニーズに応えなければ成功しない。直接投資の前に、綿密な市場調査を実施することが大切である。