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第57話 中国側による商船三井の船差し押さえ事件に関するQ&A

中国経済の最新動向

 さる4月19日、中国の海事裁判所は民事訴訟の判決を強制執行し、浙江省舟山港に入港した商船三井の船を差し押さえた。4日後の23日に、商船三井は中国側に損害賠償金などを支払い、差し押さえも解除された。
 
 この事件はいったいどんな案件か?日本企業にどんな影響を与えるだろうか?本コラムはQ&Aの形でわかりやすく解説する。
 
Q 中国側による商船三井の船差し押さえ事件はどんな案件か?
A 今回の件は中国の海運会社と日本の海運会社という民間企業同士の民事訴訟案件だ。
 
 商船三井の前身である大同海運は、1936年に上海の海運会社とリース契約を締結、2隻の船を借りたが、翌年、日中戦争が起き、船は日本軍に徴用され、44年に沈没した。上海の海運会社はリース代金の支払いと船の損失など賠償を商船三井に求めるため、88年に上海海事裁判所に提訴し、07年に一審で勝訴。裁判所は商船三井側に賠償金29億円の支払いを命じた。商船三井側は不服として、上訴したが、10年に二審でも敗訴。同年12月に最高裁判所は二審判決を支持し、確定した。その後、和解の話し合いが続いたが、破談となって、上海海運会社のオーナーの遺族側は海事裁判所に差し押さえ(強制執行)を申請した。
 
 中国の海事裁判所は原告側の要請に基づき、今年4月19日に中国浙江省舟山港に入港した商船三井の船を差し押さえ、強制執行を行った。4月23日、商船三井は損害賠償、訴訟費用、遅延金利など合計で約40億円を支払い、翌24日上海海事裁判所は差し押さえ解除を発表した。
 
Q 今回の船差し押さえ事件は「戦争賠償問題」とはどんな関係か?
A 今回の船差し押さえ事件は「戦争賠償問題」と無関係だ。
 
 戦後補償問題について、中国政府の立場として、国家としての戦争賠償を日中共同声明で正式に放棄したが、戦争賠償とは別に民間補償としては、(1)強制連行、(2)慰安婦、(3)遺棄化学兵器の処理を日本側に対応を求めてきた。今回の商船三井の船差し押さえの件は、上記3つのいずれにも当てはまらない。
 
 今回の訴訟のキーポイントは、「戦争賠償放棄」にあたるかどうかにある。商船三井側は、船は日本軍に徴用されたためで「不可抗力」として、「戦争賠償放棄」にあたると主張。一方、原告側は商船三井(大同海運)側が「政府などに拘留される恐れがある航行は行わない」という契約条項に明確に違反していたと主張。
 
 結局、中国の裁判所は「日本軍による徴用の前に大同海運の契約義務の不履行があった」と認定し、「戦争賠償の問題ではない」とする原告の主張を認めた。
 
Q なぜ日本政府は当初、「国交正常化の精神を根底から揺るがしかねない」と談話を発表し強硬姿勢を示したが、その後は急に態度を軟化させたか?
A 当初、日本政府は「戦争賠償問題」と関連する案件と見て、強く警戒したのである。菅官房長官は4月21日の記者会見で、「国交正常化の精神を根底から揺るがしかねない」と談話を発表し、中国政府を強くけん制した。政府内では国際司法裁判所(ICJ)への提訴も視野に対抗措置を検討していた。
 
 だが、その後、今回の件は「戦争賠償問題」とは無関係で、「時効ではないということで裁判になった特異な事例だ」ということが判明された。中国外務省も21日の定例記者会見で「この件と日中戦争賠償問題とは関係ない。中国政府は、日中共同声明の原則的な立場を堅持し、守る」と述べた。これらを踏まえて、日本政府は「戦後賠償と分けて考えるべき」として、現実的な対応へ舵を切ったのである。
 
 最終的には、商船三井は日本政府の了解を得て、損害賠償など和解金を中国側に支払い、差し押さえ解除に繋がったのである。
 
Q 今回のような日本企業が巻き込まれる事件が相次ぐ可能性はありますか?
A 確かに、戦前の中国で日本企業がかかわるトラブルが多かった。ただし、中国では1987年1月1日に基本民事法律の《民法通則》を施行開始。一般的に時効2年の訴訟制度を実施し始めた。それ以前の案件は1988年末まで受け付け、以降は時効成立とする。
 
 今回の件は、1988年に提訴した案件であり、法律に決められた時効成立前の案件である。今回のような日本企業が巻き込まれる案件が多発することは考えにくい。なぜかというと、中国の裁判所は中国が作った法律の規定を覆す判例が出るのはとうてい考えられないからである。
 
Q 戦時の日本による強制連行・強制労働に関する訴訟への影響は?
A 最近中国では、日本企業を相手取った戦時中の強制連行、強制労働に関する訴訟が相次いで起こされている。今年3月に北京市の中級人民法院が強制連行された被害者の提訴を正式に受理した。強制連行訴訟が受理された初のケースとなった。
 
 これまで中国政府は日中友好を重視し、強制労働訴訟を受理しなかった。だが、日本の尖閣国有化決定、安倍首相の靖国参拝などによって、中国国内では反日感情が強まり、中国政府も国民感情を無視できなくなった。強制労働訴訟の初受理は中国政府の方針転換ともいえる。
 
 裁判の行方はまだ分からないが、仮に原告側が勝訴し、日本企業が敗訴して賠償に応じない場合、中国内の資産を差し押さえられる可能性がある。
 
 終戦から約七十年が経過した現在、戦後賠償問題が再び浮上している背景には、もう一つの要素がある。国際的な司法の流れである。人道上の重大な違反行為と認められれば、国家間の取り決めにかかわらず被害者の救済を優先させるという発想である。この発想に基づいた判決がギリシャやイタリアの裁判所で出されている。
 
 日本政府は、日中共同声明を根拠に、慰安婦問題や強制連行について、「戦後補償は解決済み」という立場をとっている。しかし、日中共同声明によって、中国政府は本当に中国国民の賠償請求権まで放棄したかどうかは、今後、中国の裁判所の判断の焦点となる。特にアメリカのオバマ大統領は最近、日本の慰安婦問題を「明白な甚だしい人権侵害だ」と強く批判している。慰安婦問題や強制連行問題などで、人道的な観点から現実的な対応を取らないと、日本政府は国際的な非難を浴び、日本企業に予期せぬ被害をもたらす恐れがある。

 

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