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第152話 中国の高所得国入りは何を意味するか?

中国経済の最新動向

 中国国家統計局は今年1月17日、2021年中国の国内総生産(GDP)が前年比8.1%増の114.4兆元にのぼると発表した。米ドルに換算すれば、17.7兆ドルとなり、世界経済全体の18%を占める。1人当たりで計算すれば、12,551ドルに達したのである。

 

 世界銀行は1人当たり国民総所得(GNI)が1万2695ドル以上を「高所得国」と定義している。中国は二つの指標の差が小さく、22年に4%の経済成長でも1人当たりGDPが1万3000ドルを突破し、世銀の高所得国基準をクリアすることは確実となる。

 

 それでは、中国の高所得国入りは一体どんな意味合いを持つか? 世界にどんな影響を及ぼすか? 本稿は検証を進める。

 

 

◆高所得国入りはもう民主主義国家と産油国の「特権」ではない

 表1はIMF発表の2020年世界1人当たりGDPランキングだ。仮に各国の国内総生産(GDP)と国民総所得(GNI)の差が小さく、「高所得国」の基準を1人当たりGDP1万2695ドル以上に設定した場合、2020年時点で、日米欧先進国をはじめ合計60ヶ国・地域はこの基準をクリアしたのだ。

 

 高所得国に分類されるこの60ヶ国・地域をチェックすれば、民主主義国家と産油国がほぼ独占している事実が明らかになる。

 

 前者は日米欧先進国を代表とし、独裁政権から民主主義体制への移行に成功した東欧諸国及び韓国や台湾を含む。後者はサウジアラビア、アラブ首長国連合(UAE)、カタール、クウェートなど中東産油国を指す。

 

 表1を見る限り、高所得国入りは民主主義国家と産油国の「特権」と言っても言い過ぎではない。

 

表1 2020年世界1人当たりGDPランキング (IMFより)

 ところが、中国は産油国ではなく、世界最大の石油輸入国である。民主主義国家でもなく、共産党一党支配の国である。2022年に中国は高所得国入りを実現すれば、民主主義国家と産油国の「特権」が無くなり、世界を震撼させる画期的な出来事となるに違いない。

 

 中国の高所得国入りは、アメリカをはじめとする民主主義陣営に与えるショックが特に大きい。これまで、日米欧先進国は、韓国・台湾の高所得国入りを独裁政権から民主主義体制へ移行した成功例として、東欧諸国の高所得国入りを社会主義体制から民主主義体制へ移行した成功例として、アピールしてきた。権威主義の国にとって、民主主義体制への移行は高所得国入りの唯一の道だと、アメリカは唱えてきた。

 

 しかし、中国は韓国や台湾地域及び東欧諸国とまったく違う道を選び、共産党一党支配体制を維持いながらも高所得国入りが実現できる、という新しいモデルを世界に示す。これは明らかに民主主義への挑戦であり、アメリカの脅威となる。中国の高所得国入りによって、米中対立は単なる覇権争奪のみならず、価値観の競争でもあり、対立の熾烈さを一層増すだろう。

 

 

◆世界経済地図の塗り替えも

 14億人の中国が高所得国入りを実現すれば、世界経済に与えるインパクトが甚だ大きい。

 

 表1の世界1人当たりGDPランキングをもう一度見てください。第1位のルクセンブルク(112,921ドル)から第60位のルーマニア(12,868ドル)まで、合計60ヶ国・地域が高所得国に分類され、人口は約12億人。しかし、中国一国だけで14億人超。中国は高所得国入りを実現すれば、既存の高所得国60ヶ国・地域の総人口を遥かに上回り、世界経済地図も一変させる。

 

 これまで、高所得国の人口が欧州(EU+英国)5.2億人、北米(米国・カナダ)3.7億人で、欧米が世界の最大市場と言われてきた。ところが、中国は高所得国になれば、東アジアの高所得国・地域は中国、日本、韓国、台湾、シンガポール、香港、マカオなど7つとなる。総人口は16億人超で欧米市場を圧倒する。

 

 市場の観点から見れば、世界経済の中心は欧米から最大市場の東アジアに移るだろう。ヒト、モノ、カネも世界から東アジアに流れ込むことも予想される。

 

 この流れの変化によって、世界経済に与える影響は計り知れない。別の視点で米中対立をとらえれば、米国によるチャイナバッシングは、世界経済の中心が欧米から東アジアへ移行することを阻止する狙いが伺える。

 

 

◆民主主義の目的が「国民生活の向上」だとすれば、中国の主張にも一理

 前述したように、2022年に中国の1人当たりGDPが13,000ドル突破と予想され、1980年(307ドル)の42倍に相当する。高所得国入りも確実視される。

 

 勿論、今の中国は貧富格差など数多くの問題を抱えているが、全体的に見れば、国民生活が急速に向上していることが確かである。90%以上を誇る習近平政権の高い支持率の根底には、大多数の国民がより豊かになった事実がある。

 

 バイデン政権は中国を民主主義の敵を見なし、米中対立を「民主主義VS専制主義」の戦いと位置付ける。一方、中国政府は2021年12月に「中国の民主」と題する白書を発表し、中国には自国の現実や歴史に根ざした民主主義があるとして「全過程人民民主」という概念を掲げている。現在の中国の政治システムは、いわば「中国流民主主義」だと主張したのである。

 

 欧米から見れば、中国は共産党一党独裁の体制で言論・表現の自由もなく、人権抑圧の強権主義国家なので、民主主義を標榜するのは「詭弁」に過ぎない。

 

 しかし、民主主義の目的は何か?アメリカ第16代大統領リンカーンは「人民の、人民による、人民のための政治」という名言を残している。世界の多様性及び民主主義の多様性を認める前提で、人民生活向上の実現が民主主義の目的とすれば、中国の主張にも一理があるのではないか、と思う。

 

 著名な経営学者大前研一氏も同様の見解を持つ。彼は次のように述べている。「むろん中国は民主主義とは相容れない情報統制国家で顔認証などを使った監視社会である。だが、14億人もの国民は統制しなかったら、百家争鳴でまとまらず、経済成長もままならない」。この点を踏まえると、「中国を統治する政治システムとして、共産党独裁体制は“必要悪”という見方もできるのではないか」と、大前氏が指摘している。

 

 要するに、複雑化・多様化が進む時代に、中国を複眼的にとらえる必要性が我々に求められる。 

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