今年の「全人代」は全体的には精彩を欠くと言わざるを得ない。昨年11月に開催した共産党「三中全会」は、60項目にわたる大胆かつ具体的な改革決議案を発表し、内外の注目を集めた。三中全会に比べ、今年の「全人代」は新鮮味も目立つ内容もなく、平凡に終わってしまったイメージが強い。
「全人代」は精彩を欠くなか、今年の成長率目標の引き下げが見送られたことは、内外の注目を集める数少ないホットな話題の1つとなっている。
今年に入ってから新興国の景気減速の懸念が強まり、中国政府は2014年の経済成長率の目標を引き下げるかどうかが注目されていた。
実は、昨年年末から今年にかけて、中国政府内部では2014年の成長率目標をめぐり激しい議論が交わされていた。中国人民銀行や複数の政府系シンクタンクは、前年の7.5%から7%へ引き下げる案を示している。鉄鋼など生産過剰の是正、不動産バブルの抑制、環境汚染対策、「影の銀行」や地方債などの課題の解決には、投資を控えめにして成長率を落としてでも歪みを直す構造的な改革が必要だと主張している。また、先進国経済の不確定性や新興国経済の減速など外部要素を考えても成長率目標を7%に設定するのは妥当と考えていたようである。
実際、筆者が2月初め北京にある政府系シンクタンクを訪問した際に、政府は「7%成長」の案に傾いているという情報を入手している。
だが、ふたを開けてみると、2014年経済成長率の政府目標の引き下げは見送られ、李克強首相は3月5日「全人代」での施政演説の中で発表した数字目標は3年続けて据え置きとなる「7.5%」だった。消費者物価指数(3.5%)や失業率(4.6%以下)及び新規雇用創出(1000万人)もほとんど前年並みの目標を設定している。
それではなぜ中国政府は成長率目標の引き下げを見送ったか。その背景には何があったか?
まず、経済の安定化を図るためである。景気減速の不安感が漂うなか、仮に政府目標を引き下げた場合、市場に与える衝撃が大きく、経済を一層不安定にさせるリスクがある。
2つ目の要素は雇用の確保である。現在、大学の新卒者が700万人超、都市部の適齢就業者数は1000万人超、農村部の余剰労働力は数千万人いる。7%以上の成長を続けなければ、十分な雇用を生み出せず、国内の不満を抑えきれず、社会不安定になりかねない。
3番目の要素は短期目標と長期目標の整合性への配慮と思われる。中国政府は「2020年までGDP規模を2010年の2倍にする」という目標を掲げており、それを実現するためには年平均成長率7%が必要となる。2016年からの後半5年は成長率5~6%の見通しを考えれば、2011~15年の前半5年は7.5%成長が「死守ライン」となる。2014年の目標を7%へ引き下げれば、「倍増計画」が狂う恐れが出てくる。
4つ目は「国際合意」の順守である。今年2月に豪シドニーで開かれた主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議で、今後5年間世界経済成長率を2%アップすることに合意した。中国は政府目標を引き下げれば、国際合意に逆行し、各国の批判を招きかねない。
総合判断をした結果、中国政府は今年の成長率を7.5%に据え置き、引き下げを見送ったのである。しかし、成長率目標引き下げの見送りリスクも見逃してはいけない。
リスク(1) 目標を達成できなければ、政権への打撃が避けられない。
これまで、政府は常に成長率目標を低めに制定してきた。実際の成長率は目標を大きく上回れば、政府の実績となるからである。逆に目標を高めに設定すれば、達成できない場合、政府の信用を傷つけるリスクがある。
昨年の経済成長率7.7%を考えれば、今年7.5%成長という目標は「高めに設定」と言わざるを得ない。中国経済をめぐる内外環境の厳しさを増すなか、目標達成がかなり難しいと思われる。
リスク(2) 7.5%成長確保のために、新たな景気刺激策を導入した場合、李克強首相が掲げる「構造改革」が後回しになる恐れがある。成長重視かそれとも改革重視か?中国政府は難しい舵取りに迫られる。