中国経済は大きな転換点に来ている
中国経済は今、4つの大きな転換に直面している。1つ目は高度成長から安定成長への転換である。2桁成長の時代は終わり、今7%台の成長に入っている。既に始まった生産年齢人口の減少、やがて始まる総人口の減少によって、数年後は4、5%成長も視野に入る。
2つ目は輸出・投資依存型成長は限界に来ており、消費依存型成長に転換せざるを得ない。2001年WTO加盟以降、中国の輸出は毎年2、3割急増するようなことは、もう過去のこととなっている。リーマンショック直後の09年の中国輸出はマイナス16%を記録し、その後は多少回復しているが、昔の伸び勢いは見られない。輸出牽引型成長はもう限界だ。金融危機後の大規模な投資主導型成長も今、住宅バブルや地方債問題及び「影の銀行」など副作用が色濃く出ている。投資主導型の成長も転換せざるを得ない。
3つ目は環境を犠牲にし、資源・エネルギーを大量に消費する「爆食」型成長は問題視され、環境に配慮する節約型・省エネ型成長への転換に迫られる。
4つ目は、人件費などコスト上昇によって「世界の工場」は終わり、世界最大の新車販売台数に象徴されるように、「世界の市場」は始まったのである。
この4つの転換によって、中国経済のみならず、日本を含む世界経済にも大きな影響を及ぼしている。中国の2桁成長と「世界の工場」活用を前提条件としてきた日本企業も中国ビジネス戦略の転換を迫られている。
最大のリスクは住宅バブル崩壊の懸念
現在、中国経済は、投資過剰、生産過剰、住宅過剰という3つのバブルが形成されたため、住宅バブル崩壊リスク、地方債務リスク、金融リスクという3大リスクを抱えている。そのうち、特に要注意なのは住宅バブル崩壊の懸念である。崩壊すれば、地方債務危機が発生し、金融危機にも繋がるからである。
ここ数年、大規模な資金が不動産分野に流入した結果、住宅バブルが形成されている。現在、空室率の政府統計数字はないが、電力会社による全国660都市の調査によれば、6カ月連続で電気メーターが止まっている(電気不使用)住宅戸数は6540万戸にのぼるという。言い換えれば、空室は6540万戸となり、空室率が30%前後にのぼる。内蒙古のオルドスのような鬼城(ゴーストタウン)はあちこちで散見している。
空室がいっぱいあるが、家賃と住宅の価格の高騰は止まらない。2001~10年の10年間、全国の住宅価格は2017元/㎡から4725元/㎡へと2.3倍上昇し、北京、上海、広州など沿海都市では4倍以上拡大している。11年と12年に続き、今年に入っても住宅価格は8カ月連続上昇している。賃貸住宅の家賃も43カ月連続で上昇している。明らかにバブル状態となっている。
アメリカのリーマンショックは、住宅バブルの崩壊によるサブプライムローン問題の表面化がきっかけであった。中国の住宅バブルは崩壊すれば、地方債務の危機を誘発する恐れがある。実際、一部の国際機関は中国の地方債務危機の発生を予測している。
住宅バブルと関連性があるもう1つのリスク要素は地方債問題である。いわゆる地方債は中国の地方政府が抱える債務を指す。問題を整理すれば、主に次の3つである。
1つ目は債務規模の急速な拡大である。地方政府は一体どのぐらい借金を抱えているか? 正式な統計はない。項懐誠・元財務大臣の推算によれば、20兆元(約132兆円)強にのぼる。そのほとんどはここ数年できたものである。
2つ目は不透明で、実態の把握が困難だ。地方政府は開発用資金を調達するため、様々な手口を使って借金し、その実態が分かりにくい。実際の数字は20兆元より遥かに大きい可能性が高い。
3つ目は、地方政府は借金をする時、一般的には土地など不動産を担保とする。不動産価格が上昇する時は問題がないが、不動産バブルがはじけると、アメリカのデトロイトのように地方政府の財政は破たんし、債務危機が発生する。
今のところ、地方債はGDPの39%に相当し、国債を含めても、政府債務は中国のGDPの54%に過ぎない。米国の106%、日本の237%に比べれば、まだ低い水準にとどまり、欧州債務危機のような債務危機が発生するとは思わない。
しかし、将来的には、特に住宅バブルが崩壊した時、債務危機の発生は不可能ではない。
「シャドーバンキング」問題で懸念される金融リスク
3つ目のリスクは「シャドーバンキング」(影の銀行)に示される金融リスクである。「シャドーバンキング」とは金融当局の規制が厳しい銀行を経由せずに資金のやり取りをする金融取引をいう。商業銀行が販売する理財商品(簿外業務)、投資会社や信託公司などの融資、企業同士の貸し借りや民間金融などが主な形態でなる。その特徴として、利子が高く、流動性も高く、銀行を経由せず、金融当局の監督を受けないことである。
法定金利より遥かに高い金利の魅力があるため、「シャドーバンキング」が横行している。その資金の多くは地方政府の不動産など開発プロジェクトに流れ込んでいる。「シャドーバンキング」の規模はどのぐらいか? 実態は把握しにくく、正式な統計数字もないが、一説では28兆元でGDPの54%に相当する。
「シャドーバンキング」はいったん資金チェーンが断裂すれば、連鎖反応が起こり、金融危機に繋がるリスクがある。今年6月20日に、銀行間取引金利の翌日物は13.44%に上昇し、資金不足の懸念が広がり、中国の金融機関は一時的にパニック状態に陥った。この信用危機は正に中国版金融危機のシミュレーションである。その後、中国人民銀行(中銀)は「必要あれば、信用供給を拡大する用意がある」と表明し、金融不安は一応沈静化したが、「シャドーバンキング」問題の根深さもリスクの大きさが露呈している。つまり、抜本的な対応策を取らなければ、中国も金融危機が発生する現実的なリスクを抱えているのだ。
中国経済はハードランディングするか?
住宅バブル崩壊の懸念、地方債リスク、「シャドーバンキング」問題など、中国経済のリスクは確かに高まっている。それでは中国経済は本当にハードランディングするのか?
まず、ハードランディングとは何か?「デジタル大辞泉」によれば、経済が急激な変化で状態を悪化させながら次の局面に移行することを指す。しかし、GDP成長率は何パーセント下落すれば「ハードランディング」と言えるかが明確な基準はない。一般的にはマイナス成長に転落した場合、或いは一年で成長率5ポイント以上急落した場合はハードランディングと言える。
過去50年間、中国ではマイナス成長に転落し、或いは年間成長率5ポイント以上急落したケースは3回もあった。1967年(-7.2%)、1976年(-2.7%)、1989年(7.2ポイント下落)である。
この3回のハードランディングには共通点がある。「政変」が起きた年に、経済成長は例外なく挫折するのである。1967年は毛沢東が文化大革命を発動したため、劉少奇国家主席、鄧小平総書記が失脚した。1976年は鄧小平の3度目の失脚、毛沢東の逝去、文革推進派「四人組」の逮捕など政変が発生した。1989年は天安門事件の発生と趙紫陽総書記の失脚があった。
中国は共産党一党支配の国であり、党のトップまたは党の主要幹部は失脚すれば、中央から地方まで大規模な幹部異動が行われ、政治は混乱に陥り、経済も挫折する。これはこれまでの中国の経験則なのだ。経済問題で経済成長が挫折するケースは一回もなかった。換言すれば、中国経済の最大リスクは、実は政治リスクであり、特に政変リスクだ。
2012年に胡錦濤から習近平への政権交代が実現された。党政治局委員兼重慶市書記薄煕来の失脚をもって、権力闘争は一段落している。当面、習近平体制の政権運営は安定的に推移し、2017年まで政変が起きる可能性が極めて小さいと見て良い。
政変が起きない限り、中国経済のハードランディングの可能性は低い。確かに住宅バブル、地方債リスク、「シャドーバンキング」問題など多くのリスク要素を抱えているが、世界最大規模の外貨準備高保有、まだ余裕をもつ国の財政事情、破綻を許されない国有銀行などを考えれば、リスク要素はまたコントロールできる範囲内にあり、すぐ金融危機や債務危機が発生するとは考えにくい。
ただし、2017年前後は要注意の時期となる。この年に次の党大会が開催され、現執行部メンバー7人のうち、習近平国家主席、李克強首相を除く5人が引退する。新たな権力配分をめぐって、権力闘争が再燃し、政変が起きる恐れがある。仮に政変が発生した場合、前述した三大リスクが一気に噴出し、中国経済はハードランディングする可能性が高い。