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経済・株式・資産

第157話 次なる日中逆転 ~2030年に日本の自動車産業が中国に追い越される~

中国経済の最新動向

 2010年GDP(国内総生産)の日中逆転以降、産業分野では家電、鉄鋼、造船、通信機器、パソコン、液晶パネル、太陽光発電など、日本は次々中国に追い越されてしまった。筆者は次なる日中逆転は自動車産業だと予測する。しかも2030年まで日本車は生産と販売の両方とも中国ブランドに逆転される。

 

◆異彩を放つ中国の電気自動車(EV)

 いま中国経済は急減速している。今年第2四半期(4~6月)のGDP成長率は前年同期に比べ、僅か0.4%増、前期(1~3月)の4.8%から大幅に減速している。四半期ごとのGDPの発表を始めた1992年以降で2番目に低い数字となった。前期比では2・6%減となり、景気後退とも言える。

 

 特に、3月下旬から2カ月以上ロックタウン(都市封鎖)を実施した中国最大の経済都市・上海市の第2四半期の経済成長率は▼13.7%と、史上最低水準を記録した。北京市も2.9%のマイナス成長。今年1~6月期の中国経済成長率は2.5%増にとどまり、通年5.5%成長という政府目標の実現は危うくなっている。

 

 こうしたマイナス材料が充満している中、明るい材料も出ている。例えば、自動車の生産と販売だ。中国汽車工業協会の発表によれば、今年6月自動車生産は249.9万台で前年同月に比べ28.2%増、新車販売は250.2万台で23.8%増となっている。日米欧主要国が相次いで2桁減少に転落した中、23.8%増の中国新車販売伸び率は際立つ(図1を参照)。予測によれば、今年中国の新車販売は2700万台に上り、前年比で約3%増となる。

 

 自動車産業において、特に異彩を放つのは中国電気自動車(EV)の生産と販売である。今年1~6月、EVを中心とする新エネルギー車生産は266万台、販売は260万台、それぞれ前年同期比で1.2倍増となっている。新エネ車の市場占有率が21.6%。予測によれば、今年の新エネ車年間販売台数は前年比56%増の550万台を突破する見通しで、世界全体の5割を超える。

 出所)各国の発表により沈才彬が作成。

 

 中国新エネ車の輸出も好調だ。1~6月の累計で20.2万台が海外に輸出し、車輸出全体(181.8万台)の16.6%を占める。現在、中国製EVは欧州など多くの国・地域に輸出している。日本の佐川急便も今年9月から中国製BEV(バッテリー電気自動車)7200台を輸入する計画を発表している。

 

 

◆電気自動車(EV)は次世代自動車の主流となる

 世界の自動車産業の勢力図を見れば、日(トヨタが代表)独(VWが代表)のガソリン車と米(テスラが代表)中(BYDが代表)の電気自動車(EV)が覇権を争う構図がわかる。

 

 ガソリン車のコア技術はエンジンであるのに対し、EVのコア技術は車載電池だ。販売台数の現状から見れば、日独勢が世界をリードしている。しかし、脱炭素は世界の潮流となり、EVは脱炭素を味方にし、既存の勢力図を一変させようとしている。

 

 変化の潮目は2015年に訪れる。同年12月、フランス・パリで開かれたCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)で、世界約200ヵ国が合意して「パリ協定」は成立した。パリ協定は2020年以降の気候変動問題に関する国際的な枠組みだ。「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」という目標が掲げられ、先進国・途上国関係なく、すべての国で共通する目標である地球温暖化対策における基本方針が示されている。

 

 このパリ協定に基づき、日本は2030年にはCO2排出量を2013年比で46%削減、2050年に完全なカーボンニュートラルを実現することを目標に定めている。アメリカとEUもそれぞれ2050年にCO2排出量を実質ゼロにする目標を掲げている。一方、中国の習近平国家主席は2021年9月、国連総会でのスピーチで、「2060年までにCO2排出量を実質ゼロにする、カーボンニュートラルを目指す」と表明している。

 

 パリ協定を履行するために、EUは2035年までにCO2排出のガソリン車販売を禁止する方針を打ち出した。英国は2030年、アメリカは2030~35年、カナダは2030年、日本は2035年までにそれぞれガソリン車の販売禁止を決めている。

 

 一方、中国の工業情報化省が2020年に発表したロッドマップでは、2035年にガソリン車に代わり、新車販売のすべてを新エネルギー車にする目標が掲げられている。

 

 ガソリン車に代わる次世代新エネルギー車の開発をめぐり、日本は水素エンジン車の開発に注力してきたのに対し、米中は電気自動車(EV)の開発に注力する路線を歩む。

 

 水素エンジンの基本構造は通常のガソリンエンジンと同じで、水素を燃焼してピストンを動かす。従って、ガソリンに切り替えるのも比較的に簡単だ。事実、トヨタの水素エンジン技術は世界のトップレベルだ。しかし、水素ビジネスに取り組む企業数が少なく、水素エンジン車の続行距離が短いという技術面の課題及び生産コストが高すぎるという実用化の課題が未だに解決されず、量産の見通しが立っていない。私見だが、コスト面で優位性がない限り、水素エンジン車の出番が無くなるだろう。

 

 一方、EVのコア技術はエンジンではなく、車載バッテリーだ。近年、車載バッテリー技術の躍進によって、EVの普及に弾みがついた。世界バッテリー最大手の中国寧徳時代(CATL)が量産した車載バッテリーは続行距離が1000キロに達し、充電時間も10分間まで短縮することができた。続行距離と充電時間、この2大ネックの突破によって、EVは次世代新エネルギー車の主流となることはほぼ間違いない。

 

 

◆車載バッテリーを制する者はEVを制覇する

 前述したように、EVのコア技術はエンジンではなく、車載バッテリーだ。この意味では、車載バッテリーを制すものはEVを制覇する。

 

 韓国のバッテリー業界専門市場調査会社「「SNE Reserch」が今年2月7日、最新の調査結果を発表した。それによると、2021年の車載バッテリー搭載量(容量ベース)が世界全体で296.8GWh。うち、中国のCATLが96.7GWhで世界シェアの32.6%を占め、5年連続で世界最大のEV用バッテリーメーカーの座を守った。2020年に比べ、CATLの車載バッテリー搭載量が136.1%増となり、世界シェアも8ポイント増えた。

 

 世界4位の中国車載電池大手BYDも車載バッテリー搭載量が前年比で168.4%増、世界シェアが1.1ポイント増となっている。CATLとBYD2社だけで世界シェア4割以上を占める。ちなみに、車載バッテリーメーカー上位10社のうち、中国勢が6社を数え、世界シェアの5割弱を握る(図2)。

出所)韓国バッテリー業界専門市場調査会社「SNE Reserch」により沈才彬が作成。

 

 中国勢の躍進対し、韓国勢と日本勢の退潮が目立つ。世界2位の韓国エナジーソリューションのシェアが前年の23.4%から20.3%へと3.1ポイント縮小した。日本勢のパナソニックが2013年に38%のシェアをもって世界トップを走っていたが、21年のシェアが12.2%へ急減、世界3位に転落。そして今年6月にパナソニックは中国のBYDに追い越され、4位に後退。

 

 言い換えれば、中国勢はコストだけでなく、技術力でも世界で勝てる存在となっている。その代表格は言うまでもなくCATLだ。

 

 CATLが世界シェアを伸ばした背景には、中国政府が打ち出した補助金によるEV支援策がある。中国製EVの普及に伴い、CATLも売上高を伸ばしてきた。しかし、同社は国策に甘えるだけでなく、技術力の向上にも積極的に取り組んできた。

 

 CATLは財的・人的資源を駆使し、積極的な研究・開発を進めてきた。現在、同社は数千人規模の研究開発要員を抱え、AI活用の生産設備の効率化も推進している。その結果、同社の技術力は中国ブランドのEVメーカーのみならず、外国メーカーにも認められる。米国のテスラ、ドイツのBMW、タイムラー、日本のトヨタなどがCATLから車載バッテリーを調達している。しかも自動車メーカー各社がEV用電池の安定供給を目的として、CATLとの間に、5年または10年の長期契約を結んでいる。

 

 CATLはEV用バッテリー受注の急増を受け、2025年の車載バッテリー生産規模を2021年(96.7GWh)の6倍に相当する592GWhにと増やす目標を立てている。一方、日本は国として年間600GWhの生産規模を目指しており、その差は歴然だ。量的受託が増えれば増えるほど、生産コストが下がる。価格面でも日本勢がCATLとの競争に勝てないのは実情だ。

 

 低価格・高技術の国産車載バッテリーの登場によって、中国製EVは急ピッチで市場に浸透し、生産と販売台数は年々急増している。2016年、EVを中心とする新エネルギー車の生産51.7万台、販売50.7万台だったが、2021年にそれぞれ354.5万台と352.1万台にのぼり、5年で7倍も増え、世界の約5割を占める。

 

 

◆2030年まで日本の自動車産業は中国に追い越される

 ガソリン車の部品点数は約3万点、車のコア技術がエンジンだ。熱効率の高いエンジンの量産化が非常に難しく、自動車はこれまで新規参入のハードルが高い。日本の自動車産業はエンジン周りの部品の精密なすり合わせ技術で世界をリードしてきた。しかし、EVの出現によって自動車の勢力図を一変させた。

 

 前述のようにEVのコア技術はエンジンではなく車載バッテリーだ。部品点数もガソリン車より1万点少ない約2万点である。そのため、EVの新規参入のハードルが比較的に低い。米テスラも中国のBYDや小鵬、蔚来、理想、ゼロなどもいずれも新興メーカーだ。

 

 現在、EVの世界王者はアメリカのテスラだ。昨年のEV生産台数は100万台弱。一方、中国のEVメーカーの躍進も目立つ。2021年世界EV生産上位10社のうち、上海汽車(2位)、BYD(4位)、長城汽車(8位)、広州汽車(9位)、吉利汽車(10位)など中国勢は5社を占める。いずれも数十万台の規模でテスラの後を追う。日本のトヨタはガソリン車の世界王者だが、昨年のEV生産は僅か数万台。EV分野において、日本勢は完全に出遅れた。

 

 2021年、中国の新車輸出台数は201.5万台で、日本(382万台)、ドイツ(230万台)に次ぐ世界3位だ。そのうち、EV輸出が前年比で倍増の55万台、輸出全体の27%を貢献している。またEV輸出の約40%が欧州向けの輸出で、中国製EVが欧州EV販売台数全体の約10%を占める。

 

 EV輸出の好調も手伝って、今年1~5月中国の新車輸出が108万台に達し、同期日本の142万台に迫る。筆者の予測では、2025年までに中国の新車輸出が日本を逆転する。

 

 そして、中国ブランドの自動車生産と販売は10年以内に日本を逆転する。2021年中国ブランドの乗用車販売は954万台で、グローバル販売951万台のトヨタ1社に相当する。言うまでもなく、ガソリン車を含む自動車全体では、中国勢はまだ日本に勝てない。しかし、EV及びEVのコア技術の車載バッテリーでは中国勢が既に日本勢を凌駕している。脱炭素の時代潮流に歩調を合わせるEVの台頭によって、中国ブランドの自動車は遅くても2030年まで日本を追い越すと、筆者は見ている。

 

 自動車産業は日本経済の屋台骨を支える基幹産業だ。2019年自動車製品出荷額が60兆円、就業人口は549万人、それぞれ日本GDP及び雇用人口の約10%を占める。また、2020年日本の自動車輸出額は12.8兆円、輸出全体の18.7%を占める。仮に自動車産業が中国に追い越され、自動車輸出もシェアが中国に奪われた場合、日本経済への打撃が計り知れない。

 

 EV分野で日本製の劣勢をどう挽回するか?また、EVとガソリン車をどう両立させるか?そして日本は自動車生産・輸出大国の地位をどう守るか?日本が抱える難しい課題は多く、政府と自動車メーカーの対応が問われている。

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