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第144話 ASEAN抜きでは「中国包囲網」が完成しない

中国経済の最新動向

アメリカのバイデン大統領は今月9日から16日まで、就任以降初めての外国訪問で欧州を歴訪し、イギリスでのG7(=主要7か国)首脳会議や、ベルギーでのNATO(=北大西洋条約機構)の首脳会議及びEUとの首脳会議に出席した。上記3つの共同声明から見れば、民主主義を再結集し、中国の台頭をけん制・警戒するよう同盟国への説得が一応奏功し、アメリカによる「中国包囲網」が縮まった結果とも言えよう。

しかし、欧米諸国はいずれも遠く離れ、中国と隣接するASEAN抜きでは「中国包囲網」が完成しない。今後、ASEANをめぐる米中間の激しい争奪戦が予想される。

◆米中間の「二者択一」を避けたいASEAN

今のところ、ASEAN諸国はアメリカの(中国けん制)呼びかけに呼応する動きが見られない。これは今年5月下旬に東京で開かれた第26回国際交流会議「アジアの未来」(日本経済新聞社主催)におけるASEAN諸国の首脳たちの発言からも伺える。

 

ASEAN10ヶ国の政府首脳は「アジアの未来」でオンライン講演を行い、アメリカ主導の「対中国包囲網」と一線を画した。フィリピンのドゥテルテ大統領が「大国間の競争で、どちらかの側に付く必要を感じていない」と一刀両断に述べた。

 

親中派と見なされるカンボジアのフン・セン首相は、バイデン米政権発足後も貿易や人権などを巡り米国と中国との対立が続いていることに言及し、「2国間の対立が激化すればアジア地域の経済や安定に悪影響が及ぶ」とし、両国とも緊張緩和に向けた努力が必要だと述べた。また、カンボジアについて過度の中国依存が指摘されていることに対し、「中国は橋や道路といったインフラの整備で支援してくれている。中国以外に、カンボジアは一体、誰に頼ればいいのか」と強調し、親中国の立場を改めて明確にした。

 

マレーシアのマハティール前首相は米中関係について、「米国はまず、中国がすでに超大国になった事実を受け入れるべきだ」と主張し、「米中は覇権をめぐって争うのではなく、世界全体の利益を考えながら自分たちの行動を決めるべきだ」と、米中双方に未来志向の関係を構築するよう呼びかけた。

 

米中双方とも良好な関係を持つシンガポールのヘン・スイキャット副首相兼経済政策担当調整相は、米中関係について「競争は避けられないが、建設的な枠組みのなかで行われるべきだ」と指摘した。

 

ASEAN諸国はかねて大国間のバランスを維持することで、成長と繁栄につなげてきた。今後、ASEANはこうした戦略的バランスを放棄し、アメリカの「中国包囲網」に加担することが考えにくい。その理由は次の3つと思う。

 

◆欧米先進国のような民主主義国家がASEANに存在しない

まず、ASEANには日本のようなアメリカの同盟国が存在しない。

 

確かにアメリカとフィリピンの間に、「米比相互防衛条約」(1951年)、「米比防衛協力強化協定」(2014年)及び「訪問軍地位協定」(1998年)があり、フィリピンは名目的にはASEANにおける唯一のアメリカ同盟国である。しかし、ドゥテルテ大統領は就任以来、アメリカ批判、中国寄りの姿勢を示している。

 

特に、2020年2月11日、フィリピン政府は、米国と1998年に締結した「訪問軍地位協定」(VFA)の破棄を一方的に米国に通告した。その後、フィリピン側は3回にわたり破棄通知の「効力停止」を発表し、最悪の事態を回避したが、米比同盟の土台が揺らいでいることは事実だ。少なくとも、ドゥテルテ大統領在任中、フィリピンはアメリカの「中国包囲網」に加担する可能性がないと、筆者は見ている。

 

第二に、バイデン政権は米中対立を「民主主義と専制主義の戦い」と位置付けているが、この新たなイデオロギーの対立軸がASEANでは共感を呼べない。欧米諸国のような民主主義国家が存在しないからだ。

 

ASEAN10ヶ国のうち、ベトナム、ラオス、カンボジア3か国は中国と同様に共産党支配の国だ。タイとミャンマーは軍政を敷いた国。シンガポールは権威主義に近い国。フィリピン、マレーシア、インドネシア、ブルネイも厳格意味での民主主義国家と言えない。従って、バイデン政権の「民主主義と専制主義の戦い」という米中対立の位置付けは日米欧先進国では共感を呼べるかも知れないが、ASEAN諸国には響かない。

 

◆アメリカより中国依存度が高いASEAN

第三に、ASEAN諸国はアメリカ主導の「中国包囲網」と一線を画す経済的な理由がある。経済的には対米国より対中国依存度が高いからだ。

 

chaina14401.png

出所)ベトナムとタイはジェトロ発表の2020年数値。他は日本外務省発表の

2019年数値。

 

図1はASEAN主要6ヶ国貿易総額に占める米中比率の比較だ。これによれば、ベトナムは対中国24%で1位、対米国16.7%で2位。タイは対中国14.6%で1位、対米国9.0%で3位。インドネシアは対中国23.4%で1位、対米国8.3%で3位。フィリピンは対中国19.1%で1位、対米国10.5%で3位。マレーシアは対中国17.2%で1位、対米国9.0%で3位。シンガポールは対中国13.4%で1位、対米国10.5%で3位となっている。経済を犠牲にしてアメリカの「中国包囲網」に加担することはASEAN諸国の国益に叶わない。

 

バイデン政権は欧州歴訪を通じ、同盟国との関係を修復し、ロシアとも「戦略的安定」を目指す方針で一致している。「今世紀最大の地政学上の課題」である中国との対抗を見据え、「足場固め」を進めている。そのうえで、バイデン政権の次の一手はASEAN接近工作と見られる。今後、ASEANをめぐる米中間のせめぎあいが一層激しさを増すことは間違いない。

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