“多“からなる“一“
手元に米ドル紙幣があれば見てほしい。おもて面の肖像の左に米国の国璽(こくじ)が印刷されている。その中にラテン語が見える。
E Pluribus Unum 。古代ローマのベルギリウスのしの一節からとられたもので「多からなる一」という意味だ。多様性の中の統一という、米国建国の理想として、国のシンボルに記されている。
バラク・オバマ元大統領は、2004年の党大会で、この一句を引用して演説した。
「個人がそれぞれの夢を追い求めつつ、アメリカ人が一つの家族であるのは、この考え方があるからです。「多からなる一」。私たちの国家のモットーです」。移民国家であるアメリカ合衆国のモットーが揺れている。メキシコ国境に殺到する不法移民に手を焼き、ドナルド・トランプ共和党政権では、国境に壁の構築を始めた。また、同時多発テロが起きた後、イスラム過激派の入国を阻止するため、イスラム圏からの移住は厳しい条件が課されるようになった。
しかし、考えてみれば、この国は建国以来、土地を奪われた原住民以外、国民の全ては移民である。将来も移民なくては国は成り立たないが、排他的風潮と新規移民排斥の情緒が高まり、今回の大統領選挙でも主要な政策争点となっている。
移民先の変化
米国史は移民の歴史である。時代によって移民の出自(移民出身地)は大きく移り変わってきた。建国以前から東部の英国植民地諸州では、まず主産業だったタバコ農園では、英国からの2−4年契約の出稼ぎ労働者が働き手だった。それが、権利を主張して農園主への反抗が常態化すると、権利主張を封じた黒人奴隷を使用し、欧州各地から政変などで食い詰めた移民たちが、新大陸での農場主を夢見て流れ込み、西部開拓時代の主役となる。
当初は、いわゆるWASP(ワスプ)と呼ばれるアングロサクソン系のプロテスタント信者が多く、文化の単一性が比較的保持されたが、やがて、イタリアからの移民(彼らはカトリック)が増えるとまず宗教的単一性が崩壊してゆく。
さらに西部開拓時代が終わり、土地所有の夢を育んだフロンティアがなくなると、中国人、そして日本人移民などアジア系移民が増え、生活様式も多種多様となってゆく。
民族的な差別を孕(はら)みながらも、アメリカ社会は、それらを包摂して発展し、まさに多様性社会に向かっていく。その多様性こそが、アメリカ社会の活力の源でもあった。
米国政府の移民の出身地域別統計を見ると、1919年までの移民の90%以上が欧州出身者で占められていたが、1950年以降は、欧州出身者の占める割合は目に見えて減少し、2000年―2019年では、8割以上が、アジア、中南米出身者で占められている。アメリカ社会は激変している。
日本の近未来
先にA B Cテレビ主催の米大統領選候補者の討論会で、共和党トランプ候補は、「移民たちは猫や犬を食べており、住民たちは怖がっている」と裏付けなく発言して顰蹙(ひんしゅく)をかったが、その発言に拍手喝采している米国民も多いのだ。特にラストベルトと呼ばれる中西部の停滞しつつある工業地帯では、「移民の流入によって自分たちは職を奪われている」との危機感を持つ白人たちには、受けがいいと聞く。
アメリカだけではない。フランスや、英国、イタリア、ドイツなどお欧州各国でも、戦乱で政治が不安定化している中東地域からの難民、移民が近年急増し、社会問題化しつつある。そうした国々では、共通してナショナリズム政党が急進しており。政治の不安定化が進みつつある。
さて、日本。「単一民族国家」であるという虚構の安心感に眠りこけている場合ではない。人手不足のコンビニでは、日本人店員よりアジアからの店員が目立って増えてきた。少子高齢化が進み、若者の手不足は緊要な課題である介護や福祉の職員確保のためには外国人労働力に頼らざるを得なくなるだろう。
さらに、東アジアの緊張状態を考えれば、近隣国からの難民、移住者をどう受け入れるのかを準備しておく必要がある。
彼らをどう受け入れて、国の活力に生かすべきか。アメリカが直面する課題は日本の近未来の姿でもある。
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
(参考資料)
『移民国家アメリカの歴史』貴堂嘉之著 岩波新書
『アメリカ革命 独立戦争から憲法制定』上村剛著 中公新書