6月は梅雨の季節ですから、今回は傘の話をしましょう。
急な雨に見舞われた場面で本当に助かるのが、コンビニなどで手軽に買えるビニール傘ですね。では、ビニール傘って、いつどこで生まれたか、ご存知でしょうか。
世界で初めてのビニール傘が登場したのは1952年です。生まれた国は、ほかならぬ日本。東京の下町に拠点のある老舗メーカー、ホワイトローズが開発したんです。
当時は大変だったそうですよ。何が大変? 傘の業界内部からの批判です。「布張りが当たり前の傘に、よりによってビニールを張るなんて常識はずれだ」と。
でも、そんな業界の声をよそに、消費者はビニール傘の登場を大歓迎で迎えました。するとどうなるか……。後発メーカーが追随商品をどんどんと出してくる。そのうち、安価な海外製のビニール傘も攻勢をかけてきます。
さあ、ここで、当のホワイトローズはどうしたかという話です。「低価格競争のなかで闘うか、それとも付加価値路線をとるか。その決断の時が来た」といいます。もちろん、どちらが正しい道かどうかということではありません。選択した路線で、いかに勝ち抜くかに尽きるわけです。
ホワイトローズは後者、つまり付加価値路線を選びました。そして、ほぼすべての他陣営が低価格路線に邁進するなかで、1980年代に、1本の超高級ビニール傘を登場させます。商品名は「カテール」といいます。値段は当時で数千円。それでも売れに売れました。選挙活動する候補者が、観衆に顔が見えるということで、こぞって購入したんです。この「カテール」、細かな工夫がふんだんでした。ビニールはごく淡い赤みを帯びていて、差している人の顔が血色よく見える。ビニールの一部分に風穴が空いていて、強風下でもうまく空気が抜けるので、傘がおちょこ状態(骨が逆側にひっくり返る)になりにくいというように……。
で、ここからが今回の話の本番です。
このホワイトローズ、昨年、クラウドファンディングで新しい商品のプロジェクトを発表しました。そこで集まった額が461万4000円。当初目標額の922%にものぼりました。で、その商品、満を持して一般発売されたんですが、現在もずっと品薄状態が続いています。
どんな商品か。
ビニール傘だろうな、というのは、ここまでの流れからご想像がつくと思います。でも、ただのビニール傘ではない。
ビニールの折りたたみ傘、なんです。
ビニールの折りたたみ傘は中国製などが僅かに存在しますが、折りたたみにくかったりするなど使い勝手がよくないこともあり、これまで市場にはほとんどなかったに等しい。そこに打って出たのが、ホワイトローズだったという話です。
では、値段はいくらなのか。先ほど、同社の超高級ビニール傘が数千円(現在の価格は約8000円〜)とお伝えししたね。
このビニールの折りたたみ傘、1万4000円なんです。それでも品薄というところが驚きでしょう。
でも、わかります。この傘に張られたビニールは見るからに品質がよくてしっかりしているし、デザインも洒脱。ハンドル部分は天然木(桜だそうです)、親骨はグラスファイバー。しかも修理はいつでも受け付けてくれるので、長く使える。
現在、大都市圏では、折りたたみ傘が、傘全体の売れ行きの7割を占めるそう。だったら、この折りたたみビニール傘が売れるのも当然かもしれません。いうまでもありませんが、見通しが利いて安全でもありますし。
商品名は「AmeMachi(あめまち)」といいます。
ホワイトローズによると、ビニール傘において百戦錬磨であるほどの同社であっても、開発に3年以上かかったそうです。誰もが綺麗に折りたためるようにするのが、とても大変だったらしい。ビニールの表面に絶妙のライン(折りたたみ線)が付いているのですが、その加工に難儀したと聞きました。
同社の社長が語ってくれた言葉で、実に印象的なものがありました。
「お客さまの希望通りに商品開発する、というのは、場合によっては賢明ではないと思います」
ならばどうするのか。
「お客さまの希望を超える商品開発をして、驚いていただく。そのことで『やっぱりプロは違うなあ』と初めて感じてもらえるんです」
いや、感じ入りました。消費者が成熟してきた時代、言い換えれば、消費者の物を見る目が厳しくなっている時代であるからこそ、そうした消費者の期待を超える存在を世に出す必要がある、ということですね。そうしないと、消費者は決して驚いてくれない。驚いてくれないとは、つまり、買ってくれないということ……。
ありそうでほとんどなかったビニールの折りたたみ傘の登場から、大事なことを学べた気がいたします。