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- 第19回 『業務委託契約に潜む法的リスクとは!?』
ITベンチャー企業を牽引する太田社長と賛多弁護士が、係属中の訴訟の打合せが一段落した後、最近の会社の状況について話しています。
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賛多弁護士:太田社長、会社の調子はどうですか?
太田社長:IT業界は、AIやIoTといった開発案件が急速に増えており、当社もその波にうまく乗りつつあります。
賛多弁護士:それは景気のよい話ですね!
太田社長:最新の技術を駆使したシステムの開発に関する業務委託契約を取り交わすことが本当に多くなりました。当社が依頼されてシステム開発をするだけでなく、下請けの会社に業務を依頼することも増えました。発注者側の立場において契約上のリスクがないか最近心配です。
賛多弁護士:契約件数が増えると、どうしても契約内容のチェックに時間をかけられずに法的リスクを抱えてしまう恐れはあります。
太田社長:今は当社が依頼される側として締結した業務委託契約書を基に作成したものを使いまわしているのですが、私どもが発注する場合の契約書の雛形をそろそろ作りたいと思っています。賛多先生、今度作成をお願いします。
賛多弁護士:システム開発の業務委託契約は、基本的には請負契約か準委任契約という形式となります。御社が発注者として契約する場合、請負だと下請業者が仕事を完成させる義務を負うため、きっちりシステムを完成させるという結果を要求できます。一方で準委任は、事務の処理という行為を下請業者に依頼する契約内容なので、契約上一定の結果を出すことまでは要求されていません。
太田社長:そうすると、準委任契約書を作ってしまうと当社にとって不利になるのですか?
賛多弁護士:いや、必ずしも準委任が不利になるというわけではありません。準委任の場合には、下請業者は御社に対して「善管注意義務」といういわばシステム開発の専門性を持つ者として適切に仕事を行うべき義務を負うので、手を抜いて一定の結果を出すことができなかったら、下請業者に責任を問うことができるのです。また、準委任は、請負と違い、孫請けが原則として許されないので、下請業者に責任を持って業務を行わせることも期待できます。
太田社長:では、どちらの契約形態を選べば良いのでしょうか?
賛多弁護士:結局のところ、依頼したい業務の性質に応じて、両方の契約を使い分けるのが良いでしょう。ですから、請負と準委任の両方の契約書の雛形を作成しておくべきです。重要なのはビジネスの実情に即して、契約書を作成することです。ちなみに、令和2年4月施行の改正民法で、成果物、例えば要件定義書などを交付することによって初めて準委任の報酬を請求することができるとする規定が新設され、準委任であっても下請業者が業務を完成させる義務を負うようになります。
太田社長:なるほど、業務の性質によって契約形態を使い分けた方がよいのですね。他に気をつけておくべき点はありますか?
賛多弁護士:「偽装請負」には注意してください。契約上「請負」なら、下請業者の労働者を御社の指揮命令下に置いて働かせるのは違法になります。それらは労働者派遣に該当するのですが、労働者派遣は厳格な要件を満たす場合にのみ認められます。その要件を満たさなければ、働かせる行為自体も違法です。
太田社長:偽装請負とはそういうことを言うのですね。現場の従業員にも下請業者のエンジニアに直接指示を出さないよう徹底します。
賛多弁護士:職業安定法上は、御社と下請業者の両方が罰則の対象となりますから、現場の業務の仕方も契約内容に盛り込んでおく必要があるでしょう。あとは、下請法の支払いの規制にも注意しておいてください。報酬は成果物の納入から60日以内に支払わなければならないとされているので、報酬の支払いを60日よりも後を想定している場合には、取引内容や御社と下請業者の資本金額をチェックして、下請法が適用されないかチェックする必要があります。
太田社長:業務委託の契約書1つとっても、様々な法律を考えなければならないのですね。今日はあらためていろいろ気づかされました。
賛多弁護士:業務委託契約では、損害賠償条項や解除条項、知的財産権帰属条項など紛争時の指針となる条項も重要です。しかし、本来契約書とは、当事者が契約関係において何をすべきかを参照するマニュアル・ルールブックですから、対象となる取引の内容や取引が行われるプロセスを意識して作成することが、円滑な取引につながるのです。
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弁護士の観点から契約書をチェックする場合、もちろん裁判を想定して不利にならない契約書を作ることを念頭に置きます。しかし、締結する契約すべてが裁判になるわけではありませんから、現実のビジネスと齟齬しないようにすることも重要な視点です。
今回の例で取り上げた業務委託契約は、実務上特に締結されることが多い書類ですが、具体的な取引内容は様々ですから、取引内容に即した契約書を作成するようにしてください。
執筆:鳥飼総合法律事務所 弁護士 古橋 翼