- ホーム
- 指導者たる者かくあるべし
- 逆転の発想(38) 君主なら敬愛されるより恐れられよ(マキアヴェッリ)
今どきの若者が描く理想の上司像
明治安田生命保険は毎春、新入社員を対象に「理想の上司」像を聞くアンケートを行なっている。今年の結果を見ると、男性上司は二位以下を大きく引き離してタレントの内村光良(うちむら・てるよし)さん、女性上司としては人気アナウンサーの水卜麻美(みうら・あさみ)さんがダントツで選ばれた。
理由としてはともに「親しみやすさ」を挙げている。それぞれ4年連続で一位を占めているから、今どきの若者たちが上司に求めているのは親しみやすさであることになる。
この結果を見て、世のおじさん、おばさん社員が新入社員に嫌われないように気を使い〈愛される上司像〉を演じる図というのもあまり見たくはない。
親しみやすい上司がいるだけで組織がスムーズに動くわけがないので、入社後5年後、10年後の継続調査も実施して欲しいものである。
大組織を統治するには
15、16世紀のルネサンス期のイタリアでフィレンチェのメディチ家に仕えた政治思想家のニッコロ・マキアヴェッリは、究極の上司といえる国家のリーダーである君主のあり方について『君主論』を書いた。
当時のフィレンチェは、経済的発展を基礎に中世的な宗教的道徳観から抜け出し発展を続けていた都市国家である。レアリスト(現実主義者)のマキアヴェッリは、都市を統治するメディチ家の君主に、「権力を維持し、破滅から逃れる安全な方法」を説いた。
その著書の中で、彼は一つの問いを発している。
〈君主は人民から恐れられるより敬愛される方がよいか、否か〉
彼は断言する。
〈どちらかを選ばざるを得ないとなれば、敬愛されるよりも恐れられる方がはるかに安全である〉と。
なぜならば、〈人は移り気で偽善的で臆病であるから、君主が彼らに好待遇、恩恵を施している間は意のままになるが、彼らは自らの利得で切迫すると裏切るものだ。したがって彼らの敬愛、忠誠の言葉に全幅の信頼を置いて他の準備を怠る君主は滅亡する〉。
リーダーならば、部下に敬愛されることに満足せず、怖がらせて統治せよということになる。
新首相のお手並み拝見
国のトップが7年8か月ぶりに変わった。新しく首相の地位に就いた菅義偉(すが・よしひで)氏は安倍政権ナンバー2の官房長官として長く差配をふるってきた。彼が頑迷な官僚機構を動かす力としたのは、官庁の人事権を掌握しての統治である。
政策遂行にあたって、使える官僚を重用する。あくまで抵抗する官僚は人事権を行使して飛ばす。まさに官僚たちから愛されず恐れられた。
新首相は、政策の柱として「縦割り行政の弊害打破」を据えた。古くて新しい問題だが、官僚機構の抵抗は強い。各大臣と省庁の関係においても、官僚たちは自分たちの運営方針に固執する。しかし表立って逆らわず、「いずれ大臣は変わる」と待ちの姿勢で省益確保に向けて粘る。首相だけでなく、各大臣が大ナタを振るう気概があるかどうかが問われる。新政権のお手並み拝見である。
さて、「敬愛されるより恐れられよ」と説くマキアヴェッリではあるが、一つ条件をつけている。
〈かりに部下から好意を得られないにしても、憎悪を避けるような形で恐れられなければならない。恐れられることと憎まれないことは、恐れられることと愛されることよりも容易に両立しうる〉
持ってまわった言い方だが、〈恐れられても憎まれてはいけない。憎まれるリーダーは身を滅ぼす〉ということだ。
憎まれず恐れられる。難しいが、大組織運用に関する鉄則ではある。
(書き手)宇惠一郎 ueichi@nifty.com
※参考文献
『君主論』ニッコロ・マキアヴェッリ著 佐々木毅全訳注 講談社学術文庫
『マキアヴェリズム』西村貞二著 講談社学術文庫